第八話 少しの変化
ヴィルがこの町へ来てから、およそ一か月が過ぎていた。
最初は右も左も分からなかった町並みも、今では見慣れた景色になっている。
朝になれば宿を出て冒険者ギルドへ向かい、依頼を受ける。
夕方には依頼を終えて報告し、報酬を受け取る。
そのあとアイナと食堂で夕食を食べ、宿へ戻って眠る。
そんな毎日だった。
「おはよう、アイナ。」
ギルドの前で待っていたアイナに声を掛ける。
「……お、おはよう。」
少し照れたように返事をするアイナ。
初めて会った頃なら、小さく頷くだけで終わっていた。
それを思えば、大きな進歩だった。
「今日は何を受けようか?」
「ヴィルに……任せる。」
「じゃあ薬草採取にしよう。帰りに角ウサギも見つけたら倒そう。」
「うん。」
受付で依頼を受け、二人は町を出た。
春の風が草原を揺らしている。
ヴィルは思わず大きく息を吸った。
「やっぱり外は気持ちいいね。」
「……そうだね。」
「アイナもそう思う?」
「うん。」
少しだけ笑った。
その笑顔を見られるようになったことが、ヴィルは嬉しかった。
薬草を摘みながら、ヴィルが話しかける。
「アイナって、好きな食べ物ある?」
「え?」
「昨日宿で考えてたんだけど、まだ聞いたことなかったなって。」
アイナは少し考える。
「……シチュー。」
「シチュー?」
「昔……少しだけ食べたことがあって。」
「そうなんだ。」
「温かくて……好き。」
ヴィルは嬉しそうに笑う。
「じゃあ今度食べようよ。」
「え?」
「食堂にあったよ。」
「……いいの?」
「もちろん。」
アイナは小さく頷いた。
「ありがとう。」
その言葉も、以前より自然だった。
薬草採取を終えた帰り道。
草むらが揺れた。
「角ウサギ。」
ヴィルが剣を抜く。
一匹だけだった。
「アイナ。」
「うん。」
短く返事をして弓を構える。
「炎よ。」
小さな火球が放たれる。
驚いた角ウサギの動きが止まる。
「今!」
ヴィルが風をまとって踏み込む。
一閃。
角ウサギはその場に倒れ、魔石へと変わった。
「やった。」
「うん。」
息を合わせた戦いだった。
「前よりずっとやりやすいね。」
「ヴィルが動くの……分かるようになってきた。」
「本当?」
「うん。」
「じゃあもっと練習しよう!」
アイナは小さく笑った。
「……うん。」
ギルドへ戻る。
「お疲れさん。」
受付のアッシュが笑う。
「また一緒か。」
「はい!」
ヴィルは元気よく答えた。
「最近ずっと一緒ですね。」
受付嬢も笑う。
ヴィルは首を傾げる。
「そうかな?」
「ここ一週間は毎日ですよ。」
「え?」
そう言われて初めて気付いた。
確かに最近は、依頼を選ぶ前に自然とアイナを探している。
アイナもヴィルを待っていることが多かった。
「仲がいいのはいいことだ。」
アッシュは報酬袋を渡す。
「これから先は連携が大事になる。今のうちに息を合わせておけ。」
「はい!」
ギルドを出る。
「今日はシチューにする?」
ヴィルが聞く。
アイナは驚いた顔をした。
「覚えてたの?」
「もちろん。」
食堂へ入る。
「今日はおすすめがクリームシチューだよ。」
店員が教えてくれた。
「ちょうどよかった。」
二人は同じ料理を注文した。
湯気が立ち上る。
「いただきます。」
「いただきます。」
一口食べたアイナの動きが止まる。
「どう?」
「……おいしい。」
少しだけ目が潤んでいた。
「そんなに?」
「うん。」
「よかった。」
ヴィルも笑顔になる。
「ヴィル。」
「ん?」
「ありがとう。」
「え?」
「一緒に……食べてくれて。」
ヴィルは少し照れた。
「そんなことで?」
「……そんなことじゃない。」
アイナは静かに首を振る。
「一人じゃないの……久しぶりだから。」
その言葉に、ヴィルは何も言えなかった。
代わりに笑って答える。
「これからも一緒に食べよう。」
「うん。」
アイナも笑った。
まだ小さな笑顔だった。
それでも、一か月前とは比べものにならないほど柔らかい笑顔だった。
宿へ帰る道。
空には赤く染まった夕焼けが広がっていた。
「今日も楽しかった。」
ヴィルが呟く。
「……私も。」
「明日はどんな依頼にしようか?」
「ヴィルとなら……なんでも。」
その一言にヴィルは思わず笑う。
「じゃあ明日も頑張ろう!」
「うん。」
蒼い風のように明るく笑う少女。
紅い炎のように静かに微笑む少女。
まだ出会って一か月。
それでも二人の距離は、確かに少しずつ縮まっていた。
この穏やかな日々は、二人にとって何より大切な時間になり始めていた。




