第六話 はじめての仲間
朝の冒険者ギルドは、いつもより慌ただしかった。
討伐依頼の更新日ということもあり、掲示板の前には多くの冒険者が集まっている。
ヴィルは人混みの後ろから、背伸びをして依頼書を眺めていた。
「見えない……。」
前にいる大柄な冒険者の背中で、掲示板がほとんど隠れてしまっている。
「ごめん、ごめん。」
隣にいた冒険者が少し場所を空けてくれた。
「ありがとうございます。」
ヴィルは頭を下げ、ようやく依頼書を確認する。
その時だった。
「あ……。」
少し離れた場所に、見覚えのある黒いロングコートが見えた。
深くフードを被った少女。
彼女も一人で掲示板を見ている。
周囲の冒険者とは距離を取り、誰とも話そうとはしない。
ヴィルは少し迷った。
(話しかけても……大丈夫かな。)
勇気を出して近づく。
「おはよう。」
彼女は振り返り、一瞬だけ驚いた表情を見せた。
「……おはよう。」
短い返事。
けれど、以前のような警戒心は少し薄れているように感じた。
「依頼を探してるの?」
「うん。」
「あなたも?」
「うん。」
二人は並んで掲示板を見る。
不思議と気まずさはなかった。
沈黙さえ心地よく感じる。
その時、受付のアッシュが二人に気付いた。
「ヴィル、ちょうど良かった。」
「それと……君も。」
少女は少し身構える。
アッシュは穏やかに微笑んだ。
「新人同士なら、お互い助け合った方が安全だ。」
「今日の依頼、一緒に受けてみないか?」
ヴィルは思わず少女を見る。
少女は少し俯いた。
誰かと組む。
それは奴隷になってから、一番苦手になったことだった。
誰かを信じること。
誰かに頼ること。
そのどちらも怖い。
「無理にとは言わない。」
アッシュは優しい口調で続ける。
「でも、一人で抱え込むより、二人の方が見える景色は広くなる。」
その言葉に、ヴィルは静かに頷いた。
「私は、一緒に行きたい。」
少女は少しだけ目を見開く。
その言葉には打算がなかった。
純粋に、一緒に依頼を受けたい。
ただ、それだけだった。
長い沈黙の後。
「……。」
少女は小さく息を吐いた。
「今日だけ。」
ヴィルの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとう!」
アッシュも嬉しそうに笑った。
「よし、依頼はこれだ。」
彼が渡したのは、
『街道近くの廃屋に住み着いたゴブリン三体の討伐』
という依頼だった。
「街から近い場所だ。」
「二人なら十分対応できる。」
「でも危険だと思ったら、すぐに戻ること。」
「はい!」
「……うん。」
二人は依頼書を受け取り、街を出た。
街道を歩く。
最初は会話がなかった。
ヴィルは少女の名前を聞きそびれていて名前を知らないだから
「名前、聞いても?」
「……え?」
予想外の質問だったのか、少女は少し戸惑う。
「私はヴィル!」
ヴィルは元気よく名乗った。
少女は少しだけ迷って答えた。
「……アイナ」
「え?」
「私の名前」
そう言った後、アイナは口をつぐんだ。
ヴィルは、名乗ってくれたことがうれしくて
「いい名前だね。」
ただ、それだけ。
その気遣いに、アイナの胸が少しだけ温かくなる。
依頼場所の廃屋に到着する。
崩れかけた石造りの建物。
中から低い唸り声が聞こえた。
ヴィルは剣を抜く。
アイナは静かに魔力を練る。
「行こう。」
二人は頷き合った。
廃屋へ踏み込むと、三体のゴブリンが一斉に飛び出してきた。
「ギャアッ!」
一体がヴィルへ。
二体がアイナへ向かう。
「風よ!」
ヴィルは風を纏った剣で最初の一体を受け止める。
しかし残り二体がアイナへ迫る。
「火よ。」
アイナの短い詠唱。
深紅の炎が一直線に走る。
一体を焼き払う。
だが、もう一体が炎を避けて飛び込んできた。
「!」
間に合わない。
そう思った瞬間だった。
「アイナ!」
ヴィルが盾を構え、ゴブリンの前へ飛び込む。
ガンッ!
棍棒を受け止める。
「はあっ!」
そのまま剣を振り抜き、最後の一体を倒した。
静寂。
魔物は三つの魔石へ変わる。
「大丈夫?」
ヴィルが振り返る。
アイナは小さく頷いた。
「……助かった。」
その言葉にヴィルは笑う。
「よかった。」
アイナはヴィルの背中を見る。
迷いなく自分をかばった。
どうして。
まだ数回しか会っていないのに。
胸の奥で、固く閉ざしていた何かが、ほんの少しだけほどけた気がした。
帰り道。
二人は並んで歩く。
沈黙は続く。
それでも、もう気まずくはなかった。
ギルドへ戻ると、アッシュが二人を迎えた。
「おかえり。」
「依頼達成です。」
ヴィルが三つの魔石を差し出す。
「見事だ。」
アッシュは満足そうに頷いた。
「どうだった?」
ヴィルは笑顔で答える。
「一人より安心できました。」
アッシュは今度はアイナを見る。
「君は?」
アイナは少しだけ考え、小さく答えた。
「……悪く、なかった。」
その一言だけで十分だった。
アッシュは静かに微笑む。
二人はまだ「仲間」と呼ぶには早い。
それでもこの日、小さな一歩を踏み出した。
それは五年前、一度途切れてしまった二人の運命が、もう一度ゆっくりと結び直され始めた瞬間だった。




