第四話 深紅の少女
翌朝。
ヴィルはいつものように冒険者ギルドを訪れていた。
「おはようございます。」
「おはよう、ヴィル。」
受付のアッシュが穏やかに笑う。
「初依頼を無事に終えたみたいだね。」
「はい。」
「魔物も一匹だけでした。」
アッシュは安心したように頷いた。
「新人は慣れることが大切だからね。」
そう言って掲示板から一枚の依頼書を外す。
「今日はこれなんてどうかな。」
『街道沿いの薬草採集と見回り』
「昨日と似ていますね。」
「そう。でも少しだけ範囲が広い。」
「街道を歩く旅人に異常がないかも確認してきてほしい。」
ヴィルは依頼書を受け取る。
「受けます。」
「気を付けて。」
「はい!」
街を出て街道を歩く。
昨日よりも少し先まで足を延ばす。
風は穏やかで、空はよく晴れていた。
「気持ちいい……。」
ヴィルはフードを少しだけ緩める。
誰もいない道では、少しくらい髪を見せてもいい。
蒼い髪が風に揺れる。
そのまま街道を歩いていると、前方から荷馬車がやって来た。
御者は慌てた様子で馬を走らせている。
「すみません!」
「道を開けてください!」
ヴィルは慌てて端へ寄る。
荷馬車はそのまま通り過ぎていった。
「何かあったのかな……。」
不思議に思いながら歩き続ける。
しばらくすると、街道脇の林から物音が聞こえた。
ガサッ。
ヴィルは剣へ手を添える。
「誰?」
返事はない。
ゆっくり近付く。
すると、木陰から一人の少女が姿を現した。
深いフード。
膝下まである黒いロングコート。
その姿は旅人というより、何かから身を隠しているようだった。
少女もヴィルに気付き、立ち止まる。
「……。」
沈黙。
お互いに警戒している。
「ご、ごめん。」
ヴィルが先に口を開いた。
「驚かせるつもりじゃなくて。」
少女は小さく頷くだけだった。
近くで見ると、フードの隙間から深紅の髪が少しだけ見えた。
とても綺麗な色だった。
(私と同じくらいかな。)
ヴィルはそう思う。
少女もヴィルを見ていた。
フードの奥から見える蒼い髪。
どこか懐かしい。
でも、思い出せない。
「……どこかで。」
少女が小さく呟く。
「え?」
「……ううん。」
首を横に振る。
「気のせい。」
ヴィルも同じ気持ちだった。
(初めて会うはずなのに。)
(どこかで……。)
胸の奥がざわつく。
しかし、その理由は分からない。
「街へ行くの?」
ヴィルが尋ねる。
少女は短く答えた。
「……うん。」
「そう。」
また沈黙が流れる。
話しかけたい。
でも、何を話せばいいのか分からない。
その時だった。
ギャッ!!
森の奥からゴブリンが二匹飛び出してきた。
少女へ向かって走っていく。
「危ない!」
ヴィルは反射的に駆け出した。
ゴブリンの前へ滑り込み、盾で棍棒を受け止める。
ガンッ!
重い衝撃。
「風よ!」
剣へ風を纏わせ、一匹を斬り伏せる。
しかし、もう一匹が横から少女へ迫る。
少女は静かに右手を前へ向けた。
「──火よ。」
短い詠唱。
次の瞬間。
深紅の炎が一直線に走る。
ゴォッ!
炎は正確にゴブリンだけを飲み込み、一瞬で消えた。
魔物はその場に崩れ落ち、魔石へと変わる。
ヴィルは思わず息を呑む。
(速い……。)
無駄がない。
しかも魔力の消費を抑えた、美しい魔法だった。
少女は何事もなかったように魔石を拾う。
「ありがとう。」
小さくそう言った。
「こっちこそ。」
ヴィルは笑顔を向ける。
「一人だったら危なかった。」
少女は少しだけ驚いたような表情を見せた。
そんなことを言われたのは、いつ以来だろう。
「……別に。」
素っ気なく答える。
でも、その声はどこか柔らかかった。
「私はヴィ──」
名乗ろうとしたヴィルは、言葉を止めた。
少女はすでに歩き始めていた。
「じゃあ。」
短くそれだけ言って。
深紅の髪を揺らしながら、街の方へ歩いていく。
ヴィルはその背中を見送る。
「変な子だったな。」
そう呟きながらも、胸の奥に残る違和感は消えなかった。
(あの子……。)
(どこかで会ったような気がする。)
一方、少女も歩きながら考えていた。
(蒼い髪……。)
(あの声……。)
胸の奥が少しだけ痛む。
思い出せそうで、思い出せない。
二人はまだ知らない。
五年前、暗い監禁部屋で励まし合った相手が、お互いの目の前にいたことを。
運命の歯車は、静かに動き始めていた。




