第二話 冒険者ギルド
村を旅立って三日。
ヴィルは街道を一人歩いていた。
道の両脇には緑豊かな森が広がり、春の風が草花を揺らしている。
「もうすぐかな……。」
父から借りた地図を広げる。
現在地から少し先に、最初の目的地となる街が描かれていた。
冒険者ギルドがあり、近隣の村との交易も盛んな街だという。
歩き始めてしばらくすると、高い石壁が見えてきた。
「あれだ……!」
思わず足が速くなる。
門の前では荷馬車が順番を待ち、商人や旅人が行き交っていた。
村では見たことのない賑わいだ。
「次。」
門番に声を掛けられる。
ヴィルは少し緊張しながら前へ出た。
「旅の冒険者ですか?」
「は、はい。これから冒険者登録をする予定です。」
門番はヴィルの姿を一度見てから頷く。
「身分証は?」
「ありません……。」
「なら、ギルドで登録するといい。」
「ありがとうございます。」
軽く頭を下げ、街へ足を踏み入れる。
「わぁ……。」
思わず声が漏れた。
石畳の道。
両脇には武器屋、防具屋、宿屋、パン屋。
焼き立てのパンの香りが風に乗って流れてくる。
子どもたちが走り回り、露店では威勢のいい声が飛び交っていた。
「すごい……。」
村とはまるで別世界だった。
その時、不意に数人の視線を感じる。
「……。」
ヴィルは反射的にフードを深く被った。
胸が少しだけ苦しくなる。
(大丈夫。)
(誰も私のことなんて気にしてない。)
そう言い聞かせながら歩く。
それでも、人混みは少し苦手だった。
案内板を頼りに街の中心へ向かう。
やがて、一際大きな建物が目に入った。
剣と盾の紋章。
『冒険者ギルド』
ヴィルは立ち止まる。
(ここが……。)
父が何度も話してくれた場所。
冒険者が集まり、依頼を受け、仲間と出会う場所。
深呼吸を一つ。
意を決して扉を押し開けた。
ガヤガヤとした熱気が一気に押し寄せる。
酒を飲みながら笑う冒険者。
依頼書を真剣に眺める者。
鎧姿の戦士やローブ姿の魔法使い。
村では絶対に見られない光景だった。
ヴィルは思わず圧倒される。
「……。」
(すごい。)
その時、一人の大柄な冒険者と目が合った。
「お、新人か?」
「今日は可愛い子が来たな。」
周囲からも小さな笑い声が聞こえる。
悪意はない。
ただの軽口なのだろう。
それでもヴィルは視線を受けるのが苦手だった。
俯きながら受付へ向かう。
受付には四十代ほどの男性が立っていた。
穏やかな表情で書類を整理している。
ヴィルに気付くと、優しく微笑んだ。
「こんにちは。」
「初めてかな?」
その声に、少しだけ緊張がほぐれる。
「はい。」
「冒険者登録をしたくて……。」
男性は頷いた。
「もちろんだ。」
「私はアッシュ。」
「この支部で職員をしている。」
ヴィルは小さく頭を下げる。
「ヴィルです。」
「よろしくお願いします。」
アッシュは一枚の用紙を差し出した。
「名前と年齢を書いてくれるかな。」
「魔法使えるなら属性も」
ヴィルは丁寧に記入する。
『ヴィル』
『十五歳』
『魔法属性 風』
アッシュは確認し、満足そうに頷いた。
「十五歳なら登録できる。」
「登録料は要らないよ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、簡単な実技確認と魔力測定をしよう。」
「実技と魔力測定ですか?」
「魔力測定は簡単な総量をみるだけ」
「安心して」
「試験というより、安全に依頼を受けられるか確認するだけだから。」
ヴィルは胸をなで下ろした。
「では、この板に手をのせて、測定するから」
「はい」
ヴィルが手をのせると板が光りだす
「はい、終わり」
「はい」
「普通の人より魔力あるね」
「そうなんですか?」
「そんなに珍しいことじゃないよ」
「次は実技ね」
アッシュに案内され、ギルド裏の訓練場へ向かう。
木人や的が並び、新人の訓練にも使われる場所だった。
「まずは剣を見せてくれるかな。」
ヴィルは父から譲り受けた片手剣を抜く。
深呼吸。
構え。
一歩踏み込む。
縦斬り。
返す刃で横薙ぎ。
盾を構えながら後退。
流れるような動きだった。
アッシュは静かに見つめる。
(基礎がしっかりしている。)
独学ではない。
きちんと教わった剣筋だ。
「風魔法も使えるんだよね?」
「はい。」
ヴィルは剣を構え直す。
「風よ。」
淡い緑色の魔法陣が足元に浮かぶ。
風が剣へ集まり、刃を包み込む。
「はっ!」
一閃。
木人に深い傷が刻まれた。
風が静かに消えていく。
アッシュは感心したように頷いた。
「十分だ。」
「合格。」
「今日から君はFランク冒険者だ。」
ヴィルは思わず目を見開く。
「本当に……?」
「もちろん。」
アッシュは引き出しから一枚の金属製カードを取り出した。
そこには『ヴィル』の名前と、『Fランク』の文字が刻まれている。
ヴィルは両手で受け取った。
少しだけ重い。
けれど、その重さが嬉しかった。
「ありがとうございます……!」
その声は少し震えていた。
五年間、目指し続けた場所。
ようやくスタートラインに立てたのだ。
「今日は依頼を受けてもいいけど、無理はしないこと。」
「最初は街を見て回るだけでも立派な勉強だからね。」
アッシュは優しく言った。
「はい!」
ギルドを出たヴィルは、もう一度カードを見つめる。
夕日がカードを照らし、小さく輝いた。
「私……冒険者になれたんだ。」
自然と笑みがこぼれる。
その笑顔は、五年前の出来事以来、心から浮かべた笑顔だった。
風が吹く。
フードの奥で蒼い髪が揺れる。
ヴィルはカードを大切に胸へしまうと、明日受ける初めての依頼に胸を躍らせながら、夕暮れの街をゆっくり歩き始めた。




