第三話 王都はもうすぐ
フォレストウルフとの戦闘から数日。
商隊の護衛は順調に続いていた。
朝は日の出とともに出発し、昼に休憩を挟み、夕方には野営地を決める。
そんな毎日が繰り返される。
最初は慣れなかった護衛の仕事も、今では二人にとって日常になりつつあった。
◇ ◇ ◇
ある日の夕方。
商隊は街道脇の開けた場所で野営の準備を始めていた。
商人たちは荷馬車を円形に並べ、中央で火を起こす。
ヴィルは薪を抱えながら笑った。
「この仕事にも慣れてきたね。」
アイナは鍋に水を入れながら頷く。
「うん。」
「最初は緊張してた。」
「私も。」
ヴィルは薪を置いて大きく伸びをした。
「でも夜の見張りだけは眠い……。」
「ヴィル。」
「昨日、船こいでた。」
「ばれてた!?」
アイナは思わず笑ってしまう。
「少しだけ。」
「うぅ……。」
そこへ商人のガレスがやって来た。
「今日は野菜のスープだ。」
「二人ともたくさん食べなさい。」
「ありがとうございます!」
ヴィルは嬉しそうに器を受け取る。
一口飲んだ瞬間、顔がほころんだ。
「おいしい!」
「旅のご飯とは思えない!」
ガレスは豪快に笑う。
「商人は体が資本だからな。」
「食事だけは手を抜かん。」
「だから太るんですね。」
アイナがぽつりと言った。
一瞬静まり返る。
「……。」
ガレスは自分のお腹を見下ろし、苦笑した。
「確かに否定できんな。」
「ご、ごめんなさい!」
アイナは慌てて頭を下げる。
ガレスは大笑いした。
「はははっ!」
「気にするな!」
「本当のことだからな!」
ヴィルも笑い出す。
「アイナってたまにすごいこと言うよね。」
「……?」
本人には自覚がなかった。
その様子に商人たちも笑い、野営地は和やかな空気に包まれた。
◇ ◇ ◇
夜。
見張りは二人で交代制だった。
前半はヴィル。
後半はアイナ。
「じゃあ行ってくるね。」
「眠くなったら。」
「話しかけて。」
「誰に?」
「私。」
「寝てるよ?」
「……そうだった。」
ヴィルは思わず吹き出した。
「ふふっ。」
アイナも照れくさそうに笑う。
ヴィルは焚き火の近くへ腰を下ろした。
夜風は少し冷たい。
静かな森の音だけが耳に届く。
しばらくすると、ガレスも見回りにやって来た。
「眠くないか?」
「まだ大丈夫です。」
「立派だ。」
ガレスは隣へ腰を下ろした。
「王都へ着いたらどうするんだ?」
ヴィルは少し考える。
「まずはギルドですね。」
「アッシュさんに紹介してもらった人に会います。」
「ルミアさん。」
「Bランク冒険者なんです。」
ガレスは感心したように頷いた。
「Bランクか。」
「若いうちに頼れる先輩がいるのは幸運だ。」
「はい。」
ヴィルは笑顔で答えた。
◇ ◇ ◇
夜中。
「ヴィル。」
「交代。」
「ん……。」
眠そうに目をこするヴィル。
「お願い。」
「おやすみ。」
「おやすみ。」
ヴィルは毛布へ潜り込む。
数秒後。
「すぅ……。」
もう寝息が聞こえてきた。
アイナは苦笑する。
「早い。」
焚き火へ薪をくべながら夜空を見上げた。
無数の星が輝いている。
(こんな毎日も悪くない。)
昔は夜が怖かった。
眠ることも怖かった。
夢を見ることが怖かった。
でも今は違う。
隣にはヴィルがいる。
それだけで安心できる。
アイナは自然と微笑んでいた。
◇ ◇ ◇
それから三週間ほど。
商隊は何度か魔物に遭遇した。
ゴブリン。
スライム。
フォレストウルフ。
どれもヴィルとアイナの連携で危なげなく退けていく。
「息ぴったりだな。」
商人たちは感心していた。
ヴィルも以前より前だけを見ることはなくなった。
時折後ろを振り返り、アイナの位置を確認する。
アイナもヴィルが戦いやすい場所へ自然と移動し、援護する。
言葉がなくても、お互いの考えていることが少しずつ分かるようになっていた。
◇ ◇ ◇
旅を始めて約三週間。
昼過ぎ。
商隊は小高い丘へたどり着いた。
先頭を歩いていたガレスが立ち止まる。
「着いたぞ。」
ヴィルとアイナも丘を登る。
そして、その景色を見た瞬間――。
「わぁ……。」
ヴィルは思わず息をのんだ。
遠く地平線の先。
巨大な城壁。
青空へ伸びる白い塔。
幾重にも広がる街並み。
王国最大の都市――王都アルスセリアが、堂々とその姿を現していた。
「大きい……。」
アイナも目を見開いている。
今まで見たどの町とも比べものにならない。
「これが……王都。」
ヴィルは目を輝かせた。
「すごい!」
「早く行ってみたい!」
ガレスは笑いながら首を振る。
「残念だが今日はここまでだ。」
「門が閉まる時間だからな。」
「明日の朝、王都へ入る。」
「そっか。」
ヴィルは少し残念そうだったが、すぐに笑顔へ戻る。
「じゃあ明日のお楽しみだね!」
アイナも王都を見つめたまま、小さく頷く。
「うん。」
「明日から新しい生活。」
夕日に照らされた王都は黄金色に輝いていた。
その景色を眺めながら、二人は胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
王都アルセリア。
新たな仲間との出会いも、新たな試練も、すべてはあの大きな城壁の向こうで二人を待っていた。




