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蒼と紅の冒険譚  作者: レイヴン
旅立ち
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第二十四話 蒼き風

「アイナには……!」


ヴィルの叫びがダンジョンへ響く。


「指一本、触れさせない!!」


その瞬間だった。


ヴィルの身体を、蒼く透き通る風が包み込む。


「……!」


自分でも感じたことのないほど濃密な魔力。


風は渦を巻き、髪を大きくなびかせる。


足元の小石が舞い上がり、空気が震えた。


「風が……。」


ヴィル自身も驚いていた。


こんな力は知らない。


使ったこともない。


それでも、不思議と分かった。


(守る。)


(ただ、それだけ。)


その想いだけが、風をさらに強くしていく。


ホブゴブリンも異変を感じ取ったのか、低く唸り声を上げる。


「グルル……。」


そして大剣を振り上げ、ヴィルへ向かって突進した。


「グオオオオッ!!」


だが、ヴィルは動じなかった。


剣を静かに構える。


蒼い風が刃へ集まり、刀身が眩しく輝き始める。


「はああああっ!!」


一歩踏み込む。


その速度は今までとは比べものにならない。


風そのものになったかのようだった。


ホブゴブリンの剣が振り下ろされる。


しかし。


「遅い。」


ヴィルの身体は、その一撃を紙一重でかわしていた。


そして――。


剣を一閃。


蒼い光が一直線に走る。


「――風断。」


斬撃が空を裂いた。


目には見えない風の刃が一直線に飛ぶ。


ホブゴブリンは避けることも、防ぐこともできなかった。


一瞬の静寂。


次の瞬間。


ズバァン!!


巨大な身体が真っ二つに裂ける。


「グ……。」


断末魔を上げる暇すらなく、ホブゴブリンは光となって消えた。


残されたのは、大きな魔石だけ。


ダンジョンは静けさを取り戻す。


「はぁ……はぁ……。」


ヴィルは剣を落としそうになる。


全身が悲鳴を上げていた。


右腕は痺れ、足も震えている。


それでも、そんなことはどうでもよかった。


「アイナ!」


ヴィルは痛みを無視して駆け出す。


壁際に倒れているアイナを抱き起こした。


「アイナ!」


返事はない。


顔色は青白く、ぐったりしている。


「そんな……。」


ヴィルの胸が締め付けられる。


(守れなかった。)


(また……。)


目の前が滲む。


涙がこぼれそうになった、その時だった。


「……ヴィ……ル。」


本当に小さな、小さな声。


「えっ?」


ヴィルは耳を疑った。


「アイナ!」


もう一度呼び掛ける。


「……。」


かすかに唇が動く。


生きている。


「よかった……!」


ヴィルは震える手で荷物を探る。


「回復薬……!」


瓶を取り出し、アイナの身体を支えながら少しずつ口へ流し込む。


「お願い……。」


数秒後。


アイナの呼吸が少しだけ落ち着いた。


「ありがとう……。」


ヴィルは安堵の涙を流す。


自分も腕や背中から血が流れている。


慌ててもう一本の回復薬を飲み干した。


痛みは完全には消えない。


それでも動ける程度には回復した。


「帰ろう。」


ヴィルはアイナをそっと抱き上げる。


軽い。


こんなにも細い身体で、自分を守ってくれた。


「絶対に助ける。」


ヴィルは剣を背負い直す。


「風よ!」


足元へ風が集まる。


身体強化。


残った魔力を惜しみなく使う。


「行くよ!」


地面を蹴る。


風をまとい、ダンジョンを駆け抜ける。


一階層。


二階層。


三階層。


魔物が現れても止まらない。


風でかわし、最短距離を走り抜ける。


ようやく出口が見えた。


「もう少し……!」


森を全力で駆け抜ける。


木々の間を風のように走り、街道へ飛び出す。


街の門が見えた。


門番が驚く。


「お、おい!」


「どうした!」


ヴィルは返事をする余裕もない。


ただ走る。


ギルドまで一直線。


扉を勢いよく開け放つ。


バンッ!!


「アッシュさん!!」


職員たちが一斉に振り返る。


「助けて……!」


そこまで言った瞬間。


張り詰めていた糸が切れた。


視界が暗くなる。


「ヴィル!」


最後に聞こえたのはアッシュの声だった。


そのままヴィルの身体は前へ倒れる。


アイナを抱き締めたまま。


「医務室だ!」


「急げ!」


「治癒師を呼べ!」


ギルド中が騒然となる。


職員たちはすぐに二人を抱え上げ、医務室へと運び込んだ。


◇ ◇ ◇


三日後。


「……ん。」


ゆっくりと意識が浮かび上がる。


白い天井。


薬草の匂い。


柔らかなベッド。


「ここは……。」


ヴィルはゆっくり身体を起こした。


「痛っ……。」


まだ身体中が痛む。


その時だった。


「起きたか。」


聞き慣れた声。


アッシュが椅子から立ち上がる。


「三日も寝てたぞ。」


「三日……。」


ヴィルは驚きながら周囲を見回す。


そして隣のベッドへ目を向けた。


「アイナ……。」


静かな寝息を立てて眠っている。


包帯は巻かれているが、穏やかな表情だった。


その姿を見た瞬間。


張り詰めていた心がようやくほどけた。


「……よかった。」


自然と涙があふれる。


「助かったんだ。」


アッシュは静かに頷いた。


「二人とも無事だ。」


「治癒師も驚いていた。」


「あと少し運ぶのが遅れていたら危なかったそうだ。」


ヴィルは震える手でアイナの手をそっと握る。


温かい。


ちゃんと生きている。


「今度は……。」


小さく呟く。


「守れた。」


人さらいに襲われた時は助けられる側だった。


ダンジョンではアイナが自分を守ってくれた。


それでも最後は、自分の腕でアイナを街まで連れ帰ることができた。


その事実が、ヴィルの胸に静かに刻まれる。


窓の外では、柔らかな春の風が街を吹き抜けていた。


蒼き風はまた一つ、大切なものを守る力へと成長したのだった。

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