第二十三話 守る
「はあっ!」
ホブゴブリンの咆哮が響くと同時に、ヴィルが地面を蹴った。
「風よ!」
足元に風をまとい、一気に加速する。
先頭を走っていたゴブリンが驚いたように目を見開く。
「ギャッ!?」
一閃。
蒼い軌跡を描いた剣が、ゴブリンの身体を真っ二つに切り裂いた。
魔物は光となり、魔石だけが床へ転がる。
「ヴィル!」
アイナの声が飛ぶ。
ヴィルは止まらない。
風魔法で身体を後ろへ滑らせ、一瞬で元の位置へ戻る。
「今!」
アイナは弓を引き絞る。
矢尻へ火属性魔法をまとわせる。
「炎よ!」
放たれた矢は一直線に飛び、残るゴブリンたちの足元へ突き刺さった。
ドォン!!
爆炎がダンジョンを揺らす。
「ギャアアッ!」
二体のゴブリンが吹き飛ばされ、壁へ激突する。
そのまま魔石へと変わった。
「あと一体!」
ヴィルが前へ出ようとした、その時だった。
「グオオオッ!!」
ホブゴブリンが大地を踏み砕く勢いで突進してきた。
「速い!」
想像以上の速度だった。
ヴィルは咄嗟に盾を構える。
「受ける!」
ドガァン!!
凄まじい衝撃。
盾越しでも腕が痺れる。
「ぐっ……!」
押し返せない。
次の瞬間。
ヴィルの身体が宙を舞った。
「きゃあっ!」
背中から壁へ激突する。
ドォン!!
肺の中の空気が一気に吐き出された。
「がはっ……!」
全身に鈍い痛みが走る。
盾を持つ腕は痺れ、足にも力が入らない。
「ヴィル!」
アイナの悲鳴が響いた。
「だ、大丈夫……!」
ヴィルは剣を支えに何とか立ち上がる。
しかし身体は思うように動かない。
(重い……。)
(まだ一撃なのに……。)
そこへ残っていたゴブリンたちが一斉に襲い掛かってきた。
「ギャッ!」
「くっ!」
ヴィルは歯を食いしばる。
剣へ風を集中させた。
「風よ……!」
刃が淡い蒼色の光を帯びる。
「はああっ!」
横薙ぎ。
風をまとった斬撃が飛び、先頭のゴブリンを切り裂く。
「ギャアッ!」
魔石へ変わる。
だが――。
「グオオオッ!」
ホブゴブリンは止まらない。
巨大な身体で一直線に突っ込んでくる。
ヴィルはその姿を見据えた。
(受けるしかない。)
避ければ後ろのアイナへ向かう。
ならば盾で止める。
止められなくても時間だけは稼ぐ。
ヴィルは震える腕で盾を構えた。
「アイナだけは……!」
その瞬間だった。
「ヴィル!!」
ドンッ!!
横から強い衝撃を受ける。
「えっ!?」
ヴィルの身体が横へ突き飛ばされた。
床を転がり、何が起きたのか分からないまま顔を上げる。
目の前では――。
「きゃあああっ!!」
アイナの小さな身体がホブゴブリンの突進をまともに受けていた。
「アイナ!」
彼女はヴィルを突き飛ばし、自分が代わりに攻撃を受けたのだ。
細い身体は宙へ浮き、そのまま壁へ激しく叩きつけられる。
ドォン!!
鈍い音が響く。
弓が床へ転がった。
「……っ。」
アイナの身体は力なく崩れ落ちる。
返事はない。
「アイナ!」
ヴィルは慌てて駆け寄ろうとする。
しかし。
「グルル……。」
ホブゴブリンが立ちはだかる。
巨大な身体がアイナとの間を塞いだ。
そして、ゆっくりと倒れているアイナへ歩き始める。
「やめろ……。」
ヴィルの声が震える。
「やめろ!!」
ホブゴブリンは振り向きもしない。
剣を握り直し、動けない獲物へ近付いていく。
ヴィルの頭の中が真っ白になった。
(どうして。)
(どうしてアイナが。)
(私を助けて……。)
アイナの言葉が思い浮かぶ。
『ヴィルがいるから安心する。』
『ヴィルと一緒なら挑戦したい。』
『ありがとう。』
ヴィルは拳を強く握り締めた。
自分は何のために冒険者になった。
幼い頃、自分は誰かに助けられた。
だから今度は、自分が誰かを守ると決めたはずだ。
アイナを守る。
それだけは絶対に譲れない。
「……立て。」
震える足に力を込める。
「立て……!」
痛みなど関係ない。
恐怖などどうでもいい。
守りたい人がいる。
それだけで十分だった。
ヴィルはゆっくりと立ち上がる。
その瞳には、これまでにない強い決意が宿っていた。
「アイナには……。」
剣を握り直す。
蒼い風が再び刃へ集まり始める。
「指一本……触れさせない!!」
怒りと決意を乗せた叫びが、ダンジョン中へ響き渡った。




