第二十一話 新たな目標、初めてのダンジョン
人さらい組織のアジトから助け出されて一夜が明けた。
いつもなら朝早くから依頼へ向かう二人だったが、この日だけは違った。
宿の食堂で朝食を食べ終えると、ヴィルが口を開く。
「今日は依頼、お休みしようか。」
アイナは少し驚いたように顔を上げる。
「休むの?」
「うん。」
ヴィルは優しく笑った。
「昨日はいろいろあったしね。」
「頑張ったご褒美!」
「今日は甘いものをいっぱい食べよう!」
アイナは思わず小さく笑う。
「……いっぱい?」
「いっぱい!」
「ケーキもクッキーも、焼き菓子も!」
「全部食べる!」
その勢いにアイナはくすっと笑った。
「食べ過ぎ。」
「えへへ。」
ヴィルは頭をかいた。
「でも今日は特別!」
その笑顔を見て、アイナも自然と頷く。
「……うん。」
◇ ◇ ◇
二人は朝から街へ繰り出した。
まず立ち寄ったのは人気の洋菓子店。
焼きたてのアップルパイの甘い香りが店いっぱいに広がっている。
「これ食べたい!」
「じゃあ私は……。」
アイナはショーケースを眺める。
「いちごのタルト。」
「いいね!」
二人は窓際の席へ座った。
「いただきます。」
一口食べた瞬間、ヴィルの目が輝く。
「おいしい!」
「幸せ……。」
アイナもタルトを口へ運ぶ。
「……甘い。」
「おいしい。」
その穏やかな笑顔を見て、ヴィルはほっと胸をなで下ろした。
(よかった。)
昨日の出来事で、アイナはまた過去を思い出してしまった。
だから今日は、少しでも笑ってほしかった。
それだけだった。
アイナもそんなヴィルの気持ちに気付いていた。
(私を元気づけようとしてくれてる。)
何も言わない。
無理に励まさない。
それでも、一緒に甘いものを食べて、街を歩いてくれる。
その優しさが嬉しかった。
「ヴィル。」
「ん?」
「ありがとう。」
突然のお礼にヴィルは首を傾げる。
「どうしたの?」
「……何でもない。」
アイナは少し照れながら笑う。
「でも。」
「今日は楽しい。」
ヴィルも嬉しそうに笑った。
「私も!」
◇ ◇ ◇
その後も二人は街を歩き回った。
焼き菓子を食べ、
果物飴を買い、
噴水広場で休憩し、
アクセサリー屋を覗き、
服屋で「あっちの方が似合うよ」と笑い合う。
気が付けば日が傾き始めていた。
「もう夕方だね。」
「今日は本当に遊んだ。」
アイナの表情は、昨日とは別人のように柔らかくなっていた。
ヴィルはその笑顔を見て満足そうに頷く。
「明日からまた頑張ろう!」
「うん。」
◇ ◇ ◇
宿へ戻ろうと歩いていると、ギルドの前を通り掛かった。
「ヴィル!」
「アイナ!」
聞き慣れた声に振り返る。
「アッシュさん。」
「ちょうど良かった。」
アッシュは手招きする。
「少し話がある。」
二人は顔を見合わせ、そのままギルドの中へ入った。
応接室へ案内されると、アッシュは腕を組んで切り出す。
「ヴィル。」
「はい。」
「Dランク昇格試験を受ける気はあるか?」
「……え?」
ヴィルは目を丸くした。
「こないだEランクになったばかりですよ?」
アイナも驚いている。
「そんなに早く受けられるんですか?」
アッシュは静かに頷いた。
「普通なら無理だ。」
「だが今回は特例だ。」
「特例……?」
「昨日の件だ。」
部屋の空気が少し重くなる。
アッシュは真剣な表情で続けた。
「あいつらはただの盗賊じゃない。」
「組織だった人さらいだ。」
「しかも、お前たちの顔を見られた。」
ヴィルも昨日逃げた男を思い出す。
「……はい。」
「あいつらはまた来る可能性が高い。」
「次もギルドが必ず間に合う保証はない。」
ヴィルは思わず拳を握る。
「だから、自分たちで身を守れるくらい強くなれ。」
「そのための特例だ。」
アイナが静かに尋ねる。
「でも……Dランクは難しいんじゃ……。」
アッシュは少し笑った。
「もちろん簡単じゃない。」
「だから試験内容も変わる。」
「Dランク試験では、ダンジョン攻略が含まれる。」
「ダンジョン……。」
二人は同時に呟く。
冒険者なら誰もが知る場所。
魔物が生まれ続ける危険地帯。
宝や魔石が眠る反面、多くの冒険者が命を落とす場所でもある。
「そこで実力を見せてもらう。」
「もちろん初心者向けの浅い階層だ。」
「だが油断すれば命を落とす。」
ヴィルは少し緊張した表情になる。
「私たちに……できるでしょうか。」
アッシュは迷いなく答えた。
「できる。」
「昨日、お前たちは自分より弱い少女を守り抜いた。」
「恐怖に負けず、人さらい相手に戦った。」
「その経験は何より大きい。」
アイナもヴィルを見る。
ヴィルは少し考えたあと、小さく笑った。
「アイナ。」
「どうする?」
アイナは迷わなかった。
「ヴィルと一緒なら。」
「挑戦したい。」
その返事を聞いたヴィルも力強く頷く。
「私も受けます!」
アッシュは満足そうに笑った。
「よし。」
「試験までは少し時間がある。」
「しっかり準備しろ。」
「そして――。」
「初めてのダンジョンで、生きて帰ってこい。」
「はい!」
二人の返事がギルドに響く。
ギルドを出る頃には、街には夜の灯りがともっていた。
ヴィルは夜空を見上げる。
「初めてのダンジョンかぁ。」
「楽しみ?」
アイナが尋ねる。
ヴィルは少し笑って答えた。
「怖い。」
「でも、それ以上に楽しみ!」
アイナも穏やかに微笑む。
「私も。」
二人は並んで宿への道を歩き始める。
人さらい組織という新たな脅威。
そして、Dランク昇格試験。
その先に待つのは、二人にとって初めて挑む未知の世界――ダンジョン。
新たな冒険の扉が、静かに開こうとしていた。




