↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼と紅の冒険譚  作者: レイヴン
旅立ち
21/31

第二十話 繋いだ手の温もり

夕焼けに染まっていた街は、いつの間にか夜の帳に包まれていた。


ギルドで事情を聞かれ、簡単な治療を受けたヴィルとアイナは、ようやく宿へ戻ってきた。


二人ともほとんど口を開かなかった。


いつもならヴィルが今日の依頼のことや夕食の話をする。


アイナも短いながら返事をして、少しだけ笑う。


そんな何気ない時間があった。


けれど今日は違う。


誘拐され、暗い部屋へ閉じ込められた記憶が、二人の心を重く沈めていた。


「……。」


「……。」


宿のおかみも二人の様子を見て何かを察したのか、何も聞かずに温かい夕食だけを用意してくれた。


「たくさん食べな。」


「今日はゆっくり休むんだよ。」


「……ありがとうございます。」


ヴィルは笑顔を作ろうとしたが、いつものようには笑えなかった。


食事を終え、部屋へ戻る。


扉を閉めた瞬間、部屋は静かな空気に包まれた。


◇ ◇ ◇


ヴィルは荷物を置きながら、小さく息を吐いた。


(怖かった。)


今日一日を思い返す。


突然の襲撃。


意識を失ったこと。


目を覚ました時の暗い部屋。


縛られた両手。


幼い頃、自分が誘拐された時の記憶が頭をよぎる。


(もし助けが来なかったら……。)


その考えが浮かぶだけで胸が苦しくなる。


思わず自分の腕を抱きしめた。


「……。」


けれど、それ以上に気になったのはアイナだった。


部屋へ入ってから一度も椅子へ座らない。


落ち着きなく部屋の中を見回し、窓の鍵を確認し、扉へ目を向ける。


何度も何度も。


まるで誰かが入ってくるのを恐れているようだった。


「アイナ。」


声を掛けても反応が少し遅い。


「……え?」


無理に笑おうとしている。


けれど、その笑顔は今にも崩れそうだった。


ヴィルは理由を聞かなかった。


聞かなくても分かる。


あの部屋は、アイナにとって過去そのものだった。


誘拐され、奴隷として扱われていた頃の恐怖。


それが今日、目の前に蘇ってしまったのだ。


ヴィルは静かに立ち上がる。


そして何も言わず、アイナの前まで歩いた。


「ヴィル?」


ヴィルはそっとアイナの手を握る。


冷たい。


少し震えている。


アイナは驚いたようにヴィルを見る。


「今日。」


ヴィルは優しく微笑んだ。


「一緒に寝よう。」


たったそれだけだった。


「……。」


アイナは目を見開く。


言葉は出ない。


けれど、ゆっくりと頷いた。


「……うん。」


その返事には、少しだけ安心した色が混じっていた。


◇ ◇ ◇


二人は寝る支度を済ませた。


いつものように別々のベッドへ入る。


だが今日は、そのベッドを少しだけ寄せた。


手を伸ばせば届く距離。


ヴィルがそっと右手を差し出す。


「ほら。」


アイナも少しためらったあと、その手を握った。


ぎゅっと。


力は強くない。


それでも離したくないと思える温もりだった。


「ありがとう。」


アイナが小さく呟く。


「私の方こそ。」


ヴィルは照れくさそうに笑う。


「一人だと、私もちょっと怖かった。」


その本音を聞き、アイナは少しだけ驚いた。


「ヴィルも?」


「うん。」


「昔、誘拐されたことがあるから。」


「思い出しちゃって。」


ヴィルは苦笑する。


「でも。」


「アイナがいるから大丈夫。」


アイナはその言葉を静かに受け止めた。


自分だけが弱いわけではない。


ヴィルも怖かった。


それでも自分を安心させようとしてくれている。


そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「……私も。」


「ヴィルがいるから。」


「安心する。」


ヴィルは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、お互い様だね。」


「うん。」


部屋には静かな夜が流れる。


窓の外では虫の音が響いていた。


手を繋いだまま、二人はゆっくりと目を閉じる。


◇ ◇ ◇


暗闇。


アイナは身構えた。


(また……。)


(またあの夢……。)


牢屋。


鎖。


貴族。


鞭。


今日の出来事で、きっとまたあの夢を見る。


そう思っていた。


しかし――。


何も始まらない。


代わりに感じたのは、手の温もりだった。


温かい。


優しい。


誰かがそばにいる。


「ヴィル……。」


夢の中なのか、現実なのか分からない。


それでも、その温もりだけは確かだった。


恐怖に飲み込まれそうになる心を、誰かがそっと支えてくれている。


暗闇は少しずつ薄れていく。


牢屋もない。


怒鳴り声も聞こえない。


代わりに浮かんだのは、ヴィルの笑顔だった。


『大丈夫。』


『私がいるから。』


その声が胸に響く。


自然と身体の力が抜けていく。


(怖くない。)


(もう、一人じゃない。)


アイナは穏やかな眠りへと落ちていった。


◇ ◇ ◇


小鳥のさえずりが聞こえる。


朝日が部屋を優しく照らしていた。


「……ん。」


アイナはゆっくりと目を開ける。


天井が見える。


宿の部屋だ。


「朝……。」


ゆっくり身体を起こそうとして気付く。


右手がまだ温かい。


隣を見ると、ヴィルは気持ちよさそうに眠っていた。


二人の手は、昨夜のまま繋がれている。


アイナはその手を見つめ、小さく微笑んだ。


(夢を見なかった。)


正確には覚えていない。


少なくとも、あの恐ろしい夢ではなかった。


目覚めた時に涙もない。


息苦しさもない。


胸を締め付ける恐怖もなかった。


それがどれほど久しぶりの朝なのか、自分でも分からなかった。


「ありがとう……。」


誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


その声に反応したように、眠っているヴィルが少しだけ手を握り返した。


寝ぼけているだけなのだろう。


それでもアイナは思わず笑ってしまう。


もう、あの頃の自分とは違う。


隣には、どんな時でも手を差し伸べてくれる大切な仲間がいる。


その温もりは、アイナの心に残る深い傷を少しずつ癒やし始めていた。

アイナの過去はもう少し先で書こうと思ってます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。