第十三話 初めての休日
正式にパーティーを結成してからというもの、ヴィルとアイナは昇格試験に向けて毎日のように依頼をこなしていた。
薬草採取。
護衛依頼。
ゴブリン討伐。
森の見回り。
依頼を終えて報告し、夕食を食べ、宿へ戻る。
翌朝にはまた依頼を受ける。
そんな日々が二週間ほど続いていた。
その日もいつものようにギルドへ入ると、ヴィルは掲示板へ向かおうとした。
しかし、その前にアッシュが声を掛ける。
「ヴィル、アイナ。」
「おはようございます!」
「……おはようございます。」
アッシュは腕を組みながら二人を見つめた。
「今日は依頼を受けるな。」
「え?」
ヴィルは思わず聞き返した。
「どうしてですか?」
「休め。」
その一言だった。
「えぇっ!?」
ヴィルは驚きの声を上げる。
「でも、昇格試験が……!」
「試験は逃げん。」
アッシュは苦笑しながら続けた。
「ここ二週間、毎日依頼を受けているだろう。」
「頑張るのはいい。だが、休むことも冒険者には必要だ。」
ヴィルは少し考え込む。
「でも……。」
「疲れた状態では本来の力は出せない。」
「それに、お前たちはまだ十五歳だ。」
「遊ぶ時間も必要だ。」
その言葉にヴィルは思わずアイナを見る。
「……遊ぶ?」
アイナも首を傾げた。
「遊ぶって……何を?」
その反応にアッシュは思わず笑ってしまう。
「好きなことをして過ごせばいい。」
「街を歩くでもいいし、買い物でもいい。」
「今日は冒険者を忘れろ。」
そう言われ、二人は顔を見合わせた。
「じゃあ……。」
「今日はお休みだね。」
アイナも小さく頷いた。
「……うん。」
◇ ◇ ◇
ギルドを出た二人は、とりあえず街を歩き始めた。
「何しようか?」
「分からない。」
アイナは正直に答える。
「私も。」
ヴィルは苦笑した。
「遊んだこと、ほとんどないんだ。」
「……私も。」
幼い頃から剣の修行。
冒険者になってからは依頼ばかり。
アイナに至っては、自由に街を歩くことすらほとんどなかった。
「じゃあ、気になる所へ行こう!」
ヴィルがそう言うと、アイナは少しだけ笑った。
「うん。」
最初に立ち寄ったのは露店通りだった。
色とりどりの果物。
焼きたてのパン。
木彫りの置物やアクセサリー。
「わぁ……。」
ヴィルは目を輝かせる。
「こんなお店いっぱいあったんだ。」
「いつも依頼ばっかりだったから。」
アイナも珍しそうに商品を眺めていた。
一軒のアクセサリー屋で足が止まる。
小さな花を模した髪飾りが並んでいた。
「きれい……。」
アイナが思わず呟く。
「付けてみる?」
ヴィルが尋ねる。
「えっ?」
「ほら。」
店主が笑顔で鏡を差し出す。
恐る恐る髪飾りを付けるアイナ。
鏡に映る自分を見て、少し照れくさそうに笑った。
「……似合うかな。」
「すごく似合ってる!」
ヴィルは迷わず答えた。
「本当?」
「うん!」
その笑顔にアイナも嬉しそうだった。
結局、髪飾りは見るだけにしたが、それだけでも十分楽しかった。
昼になると、広場で焼き菓子を買ってベンチへ座る。
「甘い。」
ヴィルが幸せそうに頬張る。
「おいしい。」
アイナも自然と笑みを浮かべる。
子どもたちが広場を走り回っている。
その姿を眺めながら、ヴィルがぽつりと呟いた。
「平和だね。」
「うん。」
「こういう毎日が続くといいな。」
アイナは静かに頷いた。
午後は服屋や本屋をのんびり見て回った。
気になるものを見つけては立ち止まり、感想を言い合う。
急ぐ必要もない。
戦う必要もない。
依頼の時間を気にする必要もない。
そんな一日が、二人にはとても新鮮だった。
気付けば、最初に感じていた戸惑いは消えていた。
むしろ、不思議と心地よかった。
ヴィルも。
アイナも。
自然と笑顔になる時間が増えていた。
それは冒険者ではなく、ごく普通の十五歳の少女として過ごした時間だった。
◇ ◇ ◇
夕方。
「今日はちょっと豪華にしよう!」
ヴィルの提案で、いつもの食堂へ向かう。
「いただきます。」
「いただきます。」
温かい料理を食べながら、今日一日を振り返る。
「楽しかったね。」
ヴィルが笑う。
「……うん。」
アイナも穏やかな表情だった。
「最初は何をしたらいいか分からなかった。」
「でも。」
少しだけ笑う。
「ヴィルと一緒だったから。」
「楽しかった。」
ヴィルも照れながら笑う。
「私もだよ。」
「また試験が終わったら遊ぼう!」
「うん。」
約束するように頷くアイナ。
食事を終える頃には、街には夜の灯りがともり始めていた。
宿へ帰る分かれ道。
「じゃあ、また明日!」
「……また明日。」
互いに手を振り、それぞれの宿へ向かう。
今日は魔物とも戦わなかった。
剣も弓もほとんど手にしなかった。
それでも、二人にとって忘れられない一日になった。
冒険者としてではなく、一人の少女として笑い合えた時間。
その穏やかな休日は、昇格試験へ向けて走り続けてきた二人の心を、優しく癒やしてくれたのだった。




