92話 わたしが叶えたかったこと
「あっ……! ヴィ、ヴィリオーサ様、わ、わしらは──」
恐ろしさのあまり、議員たちはみなガタガタと震えて、まともに話せなくなっている。
『……あなたたちはさっき、生贄は不要だと私がはっきり断っていればよかった、と言っていましたね。でも、この姿を見たあなたたちは、果たして落ち着いて話を聞いてくれたでしょうか? 今のように、恐ろしさで震えて、逃げ出してしまったのでは?』
「そ、それは──」
指摘されて言葉をなくした議員たちに、ヴィリオーサは悲しげに笑って見せた。
『この恐ろしい姿と声のせいで、わたしと出会った者はみな、わたしを悪竜だと決めつけて逃げ出したり、命乞いをしたり、襲いかかって来たりする──だから、わたしは数千年もの長い間、ずっと独りで巣穴に引きこもっていました。誰にも会わずにいるのが最善なのだと、ひたすら自分に言い聞かせながら……』
ヴィリオーサは、そこまで話すと伏せていた目を開けて、彼女を見守っているしずくたちを見た。
しずくたちが、彼女の目をしっかりと見返しながら力強くうなずくと、ヴィリオーサがほっとしたように微笑んだ。
『でも、それは大きな誤りでした。この醜く恐ろしい姿を見ても、恐れずに受け入れてくれた人たちが、そのことに気付かせてくれたのです。そして彼らは、わたしがずっと望んでいたことを叶えるのに必要な勇気と自信を与えてくれました』
穏やかな顔をしたヴィリオーサを見上げ、ネクワドが問いかける。
「ヴィリオーサ様がずっと望んでおられたこととは、一体どのようなことでしょう? どうかわれわれにもお聞かせ願えませんでしょうか」
声に気付いたヴィリオーサが、老いた犬獣人に金色の目を向けると、彼だけでなく、赤子を助けてもらった家族たちもみな、敬意のこもった目で彼女をじっと見つめている。
『わたしが叶えたかったこと──それは、わたしが長い間守護してきたあなたがたと、喜びを分かち合いながら生きていくことです。わたしは、あなたがたと一緒に美味しいケーキを食べて、一緒にお話をしたり笑ったりしながら、心穏やかに日々を過ごしていきたいのです』
「ヴィリオーサ様……」
『でも、それは容易く叶うことのない望みだということは、自分でもよくわかっています。だって、わたしは、こんなにも恐ろしい姿をしているのですから──』
ヴィリオーサはそう言うと、悲しげに目を伏せた。
『けれど、それでもわたしは、みなさんと仲良く共に生きたいという、この望みを諦めたくはないのです』
世にも恐ろしい姿をした巨大な竜は、切なそうに目を細めると、真っ青な空を見上げてつぶやいた。
『……ああ、わたしがもっと小さくて、かわいらしい姿だったら良かったのに。創造神様は、何故、わたしをこんなにも恐ろしい姿でお創りになられたのでしょう……』
紅色の神竜の目から、次々に大粒の涙が零れ落ちる。
ずっと堪えていた悲しみを、とうとう我慢しきれなくなり、堰を切ったように泣き出した守護神竜を前にして、シグベルム国民の誰もが、恐怖することすら忘れて呆然としている。
「りりちゃんの涙で、水たまりができてるきゅる!」
「大変きゅる! 水たまりがどんどん大きくなってるきゅる!」
「このままだと、しょっぱいお池ができちゃうきゅるよ!」
一向に泣き止まないヴィリオーサに、ポピー、ネリネ、モモが焦り出す。
その一方で、こんな時でさえも自分たちを怖がらせまいと、両手で口を塞いで必死に泣き声を抑える神竜を目の当たりにした人々は、もはや彼女の事が恐ろしいとは思えなくなっていた。
「見てください、しずくさん。シグベルムの者がヴィリオーサを怖がるのをやめています。みんな同情したり、困惑しているみたいです!」
「大泣きするりりちゃんを見て、怖い竜だという印象が薄れてきているのかも。でも、このままだと、広場が涙で水浸しになっちゃうよ」
その時、しずくたちと同様に、号泣するヴィリオーサに困惑するネクワドの元に、幼い犬人族の少女が駆け寄って来た。




