91話 恐ろしき神竜の姿
「で、では、生贄になった赤子が生きて親元に戻されていたという話は、事実なのか!」
「ああ、そうだとも。しかも、ヴィリオーサ様は、赤子と家族が十分に暮らしていけるよう、御自身の鱗と稀少な宝石まで与えて下さった。だから、彼らやその子孫たちはみなヴィリオーサ様に深く感謝している」
その言葉を聞くや否や、前列に座っていた年配の議員たちが騒ぎ出した。
「貴様は何故、それ程までに重要な事を黙っておったのじゃ! しかも、赤子が戻って来たことを隠したままで、他国に逃げ出すとは──」
自分を詰る老議員に、ネクワドは冷めた視線を向ける。
「もし、赤子が生きていたと知られれば、また生贄として取り上げられてしまうことがわかりきっているのだから、家族が黙っていたのは当然のことだ。それとも、お前たち議員は、赤子を取り戻せたことを共に喜んで、われわれ家族が赤子と暮らすのを黙認してくれたとでも言うのか?」
「そ、それは──」
言い返された老議員が、言葉に詰まって後ずさると、その様子を見ていた長老派の議員たちが、一斉に騒ぎ出した。
「それならば、生贄は不要であると、ヴィリオーサ様がはっきり言って下さればよかったのだ! そうすれば、われらもわざわざ嫌な思いをしてまで、家族から赤子を取り上げなくて済んだものを!」
「そうだそうだ! はっきり断って下されば、生贄を出した家族が国を出ることもなかったのですぞ!」
──この時、彼らの言い分を聞いていたしずくの顔は、チベットスナギツネのようになっていた。
「……マスター、私、あの人たちの頭を猛烈にはたきたい」
「しずくさんの気持ちはよくわかりますが、今は我慢してくださいね」
「ぽぴーは、あいつらが許せないきゅる! 鼻に唐辛子を詰めてもいいきゅるか?」
「だめです、ポピー。食材を無駄にすることは許しません」
「あるじ様! ねりねは、あいつらにかじりついてやりたいきゅる!」
「ネリネ、それは口がばっちくなるからだめです」
「ももは、死神蜜蜂さんにおしおきしてもらえばいいと思うきゅる」
「モモ、それは多分、お仕置きだけでは済まなくなるので、却下します」
そんなやりとりをしているうちに、長老派議員の身勝手な言い分に反発するクアウラたち神官と議員たちとの間で小競り合いが起こっていた。
すると、その光景を見て興奮した市民までもが騒ぎ出し、とうとう広場のそこかしこで言い争いが始まった。
争いを止めようとする者と、争いの場から離れようとする者とが入り混じり、混乱の中で多くの人がもみくちゃにされ始めている。
──このままでは、将棋倒しが起こって怪我人が出るかもしれない!
しずくが、そう危惧し始めた時、広場の騒ぎに終止符を打ったのは、ヴィリオーサだった。
『皆さん、今すぐに争うのをやめてください!』
そう叫ぶのと同時に、ヴィリオーサの体が徐々に大きくなっていく。
いち早く気付いたしずくが、周囲に向かって声を張り上げた。
「みんな、後ろに下がって!」
既にヴィリオーサの体は、軽トラックの大きさにまで巨大化している。ようやく事態に気付いた神官たちや議員、市民たちが、息を吞んだままでゆっくりと後ずさる。
やがて、元の姿を取り戻したヴィリオーサを前にして、全ての国民が驚愕のあまり立ち竦んだ。
「こ、これが、ヴィリオーサ様の本当のお姿なのか……!」
「なんという恐ろしい竜なのだ──」
深みのある紅色の鱗に覆われた巨大な体の背には、一対のコウモリのような翼。頭には牡鹿のような角があり、大きな金色の眼は爛々と輝いている。
鋭い爪と牙を生やし、長い尻尾の先を矢じりのように尖らせたその姿は、シグベルムの人々が想像していた邪悪な竜そのものだった。
見下ろした人々の顔が、いずれも恐怖で歪んでいることに気付いたヴィリオーサは、悲しそうな表情をして項垂れた。
すると偶然にも、先程自分を非難してきた長老派議員たちと目が合った。




