90話 魂の叫び
『初めまして、シグベルムの皆さん。わたしは、この国が建国された時からあなたがたの守護神竜を務めているヴィリオーサです』
ヴィリオーサの第一声を聞いた途端に、人々が騒然とした。
「今の声って、あのちっちゃな紅色のドラゴンが発した声なの?」
「何て恐ろしい声なんだ!」
「これが私たちを守っている神様の声なの?!」
「神様なのに、やけに腰が低いわね……」
ほとんどの者は、彼女の声の恐ろしさに驚いているようだが、強い神竜が、弱い自分たちに対して謙虚な物言いをしたことに驚いた者も、少なからずいるようだ。
ヴィリオーサは、騒めく人々を見ても動揺せずに落ち着いている。彼女は再び口を開くと、自分の事について語り始めた。
『この世界が生まれた時、わたしは、創造神ゼオロビム様の手によって、恐ろしい声と姿を持つ竜の姿で創り出されました。そのため、わたしの姿を見ると誰もが恐怖を覚え、わたしの事を悪しき竜だと思い込んでしまいます。それは、この地に逃れて来たあなたがたの先祖も例外ではなく──彼らは、わたしにこの国の守護を求める代償として、勝手に生贄を捧げてくるようになりました』
ヴィリオーサが、生贄の話に触れたとたん、ぴたりと騒めきが止んで、辺りがシンと静まり返る。その静けさの中、彼女が発した次の言葉は、人々に強い衝撃を与えた。
『でも、わたしは生贄なんて、ちっとも望んでいませんでした! だって、わたしの主食は穀物や野菜や果物で、好物は甘い物なのです! 肉類は大の苦手なのに、赤ちゃんを食料として差し出されても困ります! 確かに、誰かに姿を見られることが嫌で、わたしがすぐに誤解を解かなかったせいもあるのでしょう。でも、生贄を押し付けてきたのはそちらなのに、私の事を生贄に飢えた悪神だと決めつけるだなんて、あまりにもひどすぎます……!』
それは、ヴィリオーサの魂の叫びだった。
長い間ずっと抑え込んできた不満の全てを、ようやくぶちまけけることができた彼女は、とてもすっきりした顔をしていた。
しずくたちが「よく言った!」と心の中で拍手喝采する一方で、シグベルムの人々はみな、口をポカンと開けたままで固まっている。
すると、顔色をなくした男性議員が、椅子から転げ落ちるようにして前に出た。
「い、偉大なる守護神竜ヴィリオーサ様! 今のお話は本当の事なのでしょうか?」
見るからに年嵩の犬人族は、生贄の神事を強行しようとしていた長老派の一人であるようだ。
震える声で問いかけられたヴィリオーサは、彼をまっすぐに見返すと、こくりとうなずいた。
『全部本当の事です。先程もお伝えしましたが、わたしは肉食ではないし、赤ちゃんは育てられません。だから、今までに生贄として捧げられた赤ちゃんたちは、全員親元に戻しています』
「な、なんですと? それは、まことなのですか?!」
「しつこいですぞ! 長きに渡り、この国を守って下さったヴィリオーサ様を疑うとは、無礼にも程がある!」
「だ、だが──」
なおも食い下がろうとする老議員に、クアウラが憤っていると、最後方の席にいた男性がゆっくりと立ち上がり、ヴィリオーサの前へと歩み出た。
「ヴィリオーサ様、初めてお目にかかります。私の名は、ネクワドと申します──愚かにもあなた様の名を貶めた先の神官長ジャガンの妻、アリンの兄だと申し上げれば、お分かりになりますか?」
『!』
はっとした顔をしたヴィリオーサに、ネクワドは穏やかな顔で語りかける。
「あなた様が私の甥──生贄として取り上げられたアリンの息子を救って下さったおかげで、妹は愛する我が子と共に、無事に他国に逃れて幸せに暮らすことができました。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるネクワドを見て、老議員がさらに驚愕した。
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