89話 いざ、シグベルムへ
とうとう、神事の日の朝がやってきた。
朝食を終えて、出かける準備をしたしずくが外に出ると、久しぶりに太陽が顔を出していた。
「いいお天気になって、良かったね」
「お日様がぴかぴかきゅるよ!」
「今日はあったかくて、お出かけ日和きゅる!」
「みんなにケーキを配るのに、雨じゃなくてよかったきゅる!」
しずくたちが空模様を見て安心していると、マスターと共に、緊張した様子のヴィリオーサがやって来た。
「大丈夫だよ、りりちゃん。私たちがそばにいるから、安心して」
しずくに優しく話しかけられ、ヴィリオーサは少しだけ緊張を解いたが、それでも不安そうにシグベルムの方角を見つめている。
当初、彼女は元の巨大な竜の姿に戻り、しずくたちを乗せてシグベルムに向かうつもりだった。だが結局、マスターの忠告を聞いて取りやめている。
「もし、竜の姿で人々の前に降り立った場合、あなたの外見ばかりに気を取られて、ロクに話を聞いてもらえなくなる可能性があります。まずは、親しみやすい今の姿のままで話をしてから、あらためて元の姿に戻るべきです」
マスターにそう説得されて納得したヴィリオーサは、今も小さなドラゴン姿のままでいる。
「そろそろ迎えの馬車が来るはずだけど……」
「あ! あれかもしれないきゅる!」
草原を抜けて店の前までやってきたのは、神官長のクアウラが直々に手配した四頭立ての立派な馬車だった。早速馬車の中を見たしずくが歓声を上げる。
「うわあ、結構広いね!」
座席の片方には、ヴィリオーサと、膝の上にマスターを乗せたしずくが座り、もう片方には三匹のシュクレドラゴンが並んで座ったが、それでも座席にはまだ余裕があった。
留守番を任せたごーちゃんたちに、馬車の中から手を振ったしずくたちは、先行する神官の馬車の後を追って、シグベルムへと出発した。
「馬車って乗るのは初めてだけど、意外に揺れるんだね」
「そういえば、しずくさんの世界では、馬車は一般的なものではありませんでしたね」
ひどい揺れのせいで、ほんの少し気分が悪くなりかけた頃、シグベルムの城壁の門をくぐってようやく目的地である議事堂前の広場に到着した。
広場の中央に並べられた椅子には、緊張した面持ちの議員や神官たちが座っており、その周りを取り囲むように、シグベルム国民が幾重もの人垣を作っていた。
「しずく様、マスター様、店員殿、それにヴィリオーサ様。よくぞシグベルムへお越しくださいました!」
馬車から降りたしずくたちを、クアウラとワトルが笑顔で出迎える。彼らが恭しく頭を下げた瞬間、広場に詰めかけていた人々がどよめいた。
「りりちゃん、大丈夫きゅるよ!」
思わずビクついたヴィリオーサに、ポピーがすかさず声をかける。
「そうだよ。私たちがいるから安心して」
「りりちゃんは、落ち着いてお話すればいいきゅる」
「ももたちが、そばについているきゅる!」
「あの大変なケーキ作りを自力でやり遂げた今のあなたなら、きっと大丈夫です」
皆に励まされたヴィリオーサは、こくんとうなずいて自然な笑顔を浮かべると、クアウラたちの背後に並ぶ椅子に座るシグベルムの議員たちや、詰めかけた人々に向かって顔を向けた。
そして大きく深呼吸した後に、ゆっくりと口を開けた。




