81話 異世界の蜂
マスターの説明によると、死神蜜蜂という物騒な名前の蜂は、寒冷地の神域に生息しているらしく、伊勢海老に羽が生えたような姿の珍しい蜂で、彼らの体色と同じ、真っ赤な色の巣を作るらしい。
「赤色の巣はとても目立つので、見つけることは簡単なのですが、ほんの少しでも近づこうものなら、彼らが大挙して襲いかかってきます。そのため、蜂蜜を採るのは至難の業なのです」
「そんなに恐ろしい蜂なのに、魔物じゃないんだね……」
もし、死神蜜蜂に敵と見なされると、どこまでも執拗に追い回されて、お尻にある巨大な毒針で容赦なく突き刺されるらしい。
「彼らは、たとえ敵が自分たちより大きくても、全く怯みません。集団で取り囲んで、体から熱を発生させることで、焼き殺そうとしてきます」
「あ、それ知ってる! 熱殺蜂球ってやつだよね。だけど、伊勢海老大の蜂にそれをやられたら、凄いことになりそう……」
「死神蜜蜂の熱殺蜂球は、1000度以上の高温を作り出すと言われています」
「溶岩レベルなの!?」
異世界の蜂、殺意が強すぎる。
「だから、もし彼らを見かけても、決して近づいてはいけませんよ? もし囲まれたら、骨すら残りませんからね」
「頼まれたって近づかないよ! 伊勢海老の大きさの蜂だなんて、羽音を聞くだけでも恐ろしいよ!」
そんなにも恐ろしい蜂が作るはちみつなら、幻と言われるのも納得である。ちなみに、彼らの主食は、神域に咲く花の蜜と神域の清浄な空気であるらしい。肉食じゃなくて本当に良かった、としずくは胸を撫で下ろした。
クリムの木とは、神竜が住まう神域でしか育たない非常に稀少な木で、見た目は地球のヤシの木にそっくりらしい。その実もヤシの実と同じサイズだが、表面は滑らかで綺麗な黄緑色をしている。
興奮冷めやらぬ〈白い死神〉の話によれば、実は熟すとひまわりのような濃い黄色になり、中には卵色のもったりとしたクリームが入っているらしい。
その味は、ほんの少し甘味を感じる程度で非常に淡泊だが、サウー砂糖と合わせることで極上の味に変貌するという。
「クリムの実はとにかく栄養が豊富なので、一般的には最高級の栄養剤や回復薬に使われています」
「くすりにつかうやつは、ばか。くりむのみのくりーむは、さうーのおさとうをいれて、おやつにする。それが、せいかい」
「何が正解なものですか! 滅多に出回らない稀少なクリムの実をおやつにするのは、あなたぐらいのものですよ!」
「なにをいう。おれ、まちがってない。とんだいいがかり」
彼らは至って真剣なのだが、ぬいぐるみのようなへびと、ふくふくとした小鳥とが、かわいらしい声で言い合っているのを見ていると、しずくはついつい頬が緩んでしまう。
「確かに、はちみつとクリームは、今回のケーキを作るのにぴったりの食材だと思うけど──」
顔に浮かんだ笑みを引っ込めて、しずくがヴィリオーサに問いかける。
「でも、みんなの話だと、どちらも手に入れるのがかなり難しいみたいだよ? その点は大丈夫?」
将来、シグベルムの名物としてケーキを売り出していくことを考えると、食材はいつでも入手可能なものにしておきたい。そのことを説明すると、ヴィリオーサはかわいらしくコクコクとうなずいて、ぴょんと椅子から飛び降りた。
「りりちゃん?」
ぽてぽてと入口に向かって歩き出したヴィリオーサは、ドアの前で立ち止まると、振り返ってしずくたちをじっと見た。
どうやら、自分について来て欲しいようだ。




