8話 土下座する店長
「──しずくさん、ごめんなさい!」
「え? 急にどうしたの?」
突然謝罪されて戸惑うしずくの目の前で、目を伏せたマスターがだらだらと冷や汗を流している。
蛇なのに、まぶたがあったり冷や汗を流すのは異世界仕様なのかな? と考え込んでいると、いきなり白蛇がカウンターの上にぺったりと頭をこすりつけた。
「なんで土下座?!」
「本当に申し訳ありません!! ぼくは、一番重要な事をお伝えしていませんでした!」
「はい?」
頭と翼をカウンターにぺたりとつけて謝罪され、驚いて目を白黒させているしずくに、マスターはとんでもないことを言い出した。
「──おそらく、しずくさんは誤解しているのだと思います」
「誤解って?」
「……実は、新装開店ではなく、新規開店なのです」
「……ん?」
一呼吸置いた後で、言葉の意味を理解したしずくの顔から、さーっと血の気が引いた。
「新規開店?! え、ちょっと待って、それってつまり──」
「そうです。ぼくが店を開くのは今回が初めてなのです。だから、メニュー表や料理のレシピはありませんし、店員はしずくさんだけなのです!」
「えええええー!!」
畳みかけるように衝撃の事実を知らされ、思わずふらついたしずくがカウンターに手をついた。
「で、でも、さっき一緒にコーヒーの器具を見ていた時、マスターは迷わずサイフォンを選んでいたよね? それって、以前に喫茶店をやっていたからじゃないの?!」
「だって、ほら、サイフォンがあるのって、いかにも老舗の喫茶店っぽいじゃないですか」
「しょーもない理由だった──!」
短い体をくねらせながら、恥ずかしそうに顔を赤らめるマスターに、しずくがガクリと膝をつく。
どうやら、この風変りな店長は、形から入るタイプのようだ。
「そんなことでよく、明日開店しようだなんて思ったね?! 今から開店を延期することはできないの?」
「そうしたいのは山々なのですが、既に知り合いには明日開店すると伝えてしまったので……」
「伝えちゃったのかー……」
先走りにも程がある。
「でも、伝えたのが全員マスターの知り合いなら、正直に事情を説明して謝ればわかってもらえるんじゃない?」
「僕もそう思うのですが、うっかり誓約してしまった以上、もう覆すことはできないのですよ」
「誓約って──もしかして破っちゃうとまずい感じのやつ?」
「ええ。破ってしまうと、それなりに厳しい罰が下ります」
「なんでまた、うっかりそんなことをしちゃったかなあ……」
「すみません。ようやく喫茶店が開けると思って、つい、浮かれちゃいまして」
「浮かれちゃったかー……」
しずくは、項垂れて深く反省しているかわいらしい白蛇を見つめながら、深いため息をついた。




