73話 悪いのはわたし
「良かった、やっと体が温まったみたい。マスター、ありがとうね」
しずくがほっとした顔でそう告げると、ようやく翼を動かせるようになったヴィリオーサが、マスターに向かって、ぺこりと頭を下げた。
「ぼくに頭を下げる必要はありません」
マスターは、とても気まずそうな顔でヴィリオーサに告げた。
「昨日は、ひどいことを言って済みませんでした。ぼくは単に事実を述べただけで、あなたを侮辱するつもりはさらさらなかったのですが、今にして思えば、あなたの気持ちに対する配慮が欠けていたと思います。ですから、この通り謝罪します」
だが、マスターから頭を下げられたヴィリオーサは、何度も瞬きしながら戸惑っている。それというのも、彼女は自分がひどいことを言われたにも関わらず、マスターに非があるとはこれっぽっちも思っていないのだ。
──マスターにひどいことを言われたのは、わたしの声が醜いせい。だから悪いのはわたしのほう。
そう思い込んでしまっている彼女は、マスターから謝罪される理由がわからないままで、ひたすら困惑している。
しばらくの間、そんな彼女の様子を怪訝な顔で見ていたマスターは、彼女の筆談による説明でその事実を知ると愕然とした。
「彼女は、何故あんなにも自己肯定感が低いのでしょう? 悪いのはぼくなのに、彼女はまるで、全て自分に非があるような表情をしていました……」
カウンターの上に戻って来るなり項垂れたマスターに、フライパンの火を止めたしずくが苦笑を浮かべる。
「きっと長い間、誰とも顔を合わせず引きこもっていたせいで、りりちゃんは自分を褒めてもらったことがないんだよ。だから、いつも自分に自信が持てずに引け目を感じてしまう──たとえ姿や声が怖くても、彼女は作物を実らせたり綺麗な花を咲かせることができる、とっても素敵な神様なのにね」
「……なるほど。そういうことだったのですね」
マスターが神妙な面持ちでいると、ぽてぽてとシュクレドラゴンたちがやって来た。ポピーの頭の上には、何故か萎れて元気のない〈白い死神〉が乗っている。
「ん? みんなどうしたの?」
「あのね、小鳥さんが、りりちゃんに『ごめんなさい』したいって言ってるきゅる」
「小鳥さんが、そんなことを?」
「何かの間違いではないのですか?」
しずくとマスターが、思わず顔を見合わせる。
あの、自由気ままで傍若無人な〈白い死神〉が、ポピーたちに小言を言われただけで、素直に反省するとは思えないのだが……。
首を傾げるしずくたちをよそに、〈白い死神〉はポピーの頭の上からふわりと飛び立つと、ヴィリオーサがいるテーブルに舞い降りた。




