70話 きたよ
「そうですか。今までヴィリオーサが誤解されていたのには、そんな理由が──」
しずくたちから、これまでに判明したことを聞いたマスターは、カウンターの上の定位置でコーヒーを飲みながら、ため息をついた。
「しかし、ヴィリオーサは、さぞかしいい迷惑だったでしょうね。名もなき低級神と同一視されただけでなく、望みもしない生贄を押し付けられていたのですから」
「見た目が怖いからって、魔物みたいな神様とひとくくりにされたきゅる」
「しかも、生贄をねだっていると、勝手に決めつけられていたなんて、可哀そうきゅる」
「こんな目に遭わされても怒らないりりちゃんは、本当に心が広いきゅる……」
シュクレドラゴンたちは、同じ竜族だということもあり、ヴィリオーサに対して殊更に同情的なようだ。
「まあ、確かにそうですね。ここまでコケにされているのに、それでもシグベルムを守護し続ける彼女の度量の広さは尊敬に値します。もし、ぼくがこんな理不尽な目に遭わされたら、とっくに見限っていることでしょう」
すると突然、体を小さく丸めながら黙って話を聞いていたワトルが、椅子から転げ落ちるようにして床に両手をつくと、声を震わせながら謝罪した。
「誠に面目次第もございませんっ! 今の話を聞いて、これまでの間、僕たちがどれほどヴィリオーサ様の恩情に甘えていたのか、身に染みてわかりました!」
頭を床につけたままで身を震わせているワトルに、しずくが苦笑する。
「謝罪するなら、マスターにではなく、りりちゃんにお願いします。ただ、また店に来てくれるかどうかはわからないけど──」
しずくが、淋しそうにそう告げると、皆が自然と黙り込んだせいで、沈黙が下りて来た。
店内では、ごーちゃんがケトルでお湯を沸かす音と、雨音だけが聞こえている。いつの間にか、ずいぶんと雨脚が強くなっているようだ。
(今頃りりちゃんは、自分の巣にこもったままで、泣きながらこの雨の音を聞いているのかな)
幸せそうにパンケーキを頬張っていた、紅色のドラゴンのことを思い出し、しずくが小さくため息をつくと、コーヒーカップを片付けていたごーちゃんが、てこてこと歩いてきて、彼女のコックコートの裾を引っ張った。
「ん? どうしたの?」
ごーちゃんは無言のまま、しきりに窓の外を指さしている。
ふと気付くと、カウンターの上にいるマスターや、ワトルを助け起こしていたポピーたちも、何故かそろって窓の外を見つめている。
「みんな、一体どうしたの?」
「何かこっちに向かって来てるきゅる」
ポピーの答えに、ネリネとモモの緊張した声が重なる。
「凄く大きな神気を感じるきゅる」
「どんどん近づいてくるきゅる」
しずくがじっと目を凝らして外を見ても、叩きつけるような雨で白く煙る草原が広がっているだけで、特に異変は見られない。
「マスター……」
「大丈夫です。この神気は──」
不安そうなしずくにマスターが返答しかけた時、突然何の前触れもなく、巨大な影が空から降って来た。
ドオンという轟音と共に店が激しく揺れて、窓ガラスが真っ白になる。
「な、何?!」
「すごく揺れたきゅる!」
「窓が急に霜だらけになって、外が見えなくなったきゅる!」
「なんだか寒くなってきてるきゅる!」
「ワトル、空から落ちてきたものが見えたか?!」
「済みません、先輩! 僕にはわかりませんでした!」
皆が騒然とする中で、マスターだけが厳しい顔で店の入口を睨みつけている。
と、その時。チリンチリンと、ドアベルが涼やかな音を立てた。
『きたよ』
次の瞬間、凍えるような冷気と共に入って来たのは、ふくふくとした体の白い小鳥。
──〈白い死神〉だった。
ヤツが舞い戻ってきた!\(^o^)/
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