67話 ようやく目が覚めた二人
軌道に乗ったばかりの店をあっけなく失ったジャガンは、その後もいろいろな商売に手を出したがどれも上手くいかず(実は密かにアリン夫人の兄が手を回していたらしい)、仕方なく神官になる道を選んだようだ。
「その後の事は、先程お話した通りです。彼は、自分を良く見せるための多くの嘘を重ねることで、少しずつ周りからの尊敬と信頼を集めていきました。そして、真摯にヴィリオーサ様を崇めるフリをしながら、その実、ヴィリオーサ様が凶暴で恐ろしい竜だと、礼拝の度に人々に吹聴していたのです」
神殿の頂点に君臨する、人格者と名高い神官長自らが、『われわれが崇めている守護神竜は、実は残忍で凶暴な竜なのだ』と触れ回っているのだから、シグベルム国民がそれを信じてしまうのも無理はない。
「おそらく彼は、ヴィリオーサ様が生贄の赤子を無事に親元へ返していたという事実を、誰にも知られたくなかったのでしょう。もし真実が明らかになれば、自分の犯した罪が露見する恐れがありましたからね」
ワトルの言葉にクアウラも重々しくうなずいた。
「りりちゃんが悪い竜だと思われているのは、毛根死滅クズのせいだったきゅるね!」
「毛根死滅め~! 許せないきゅる~!」
「毛根クズは、〈白い死神〉さんに成敗されるといいきゅる!」
「残念ながら、既にジャガンはこの世を去っているので、その〈白い死神〉様とやらに成敗していただくことは不可能かと」
「……クアウラさん、そこは受け流していいですから」
ちなみに、当の〈白い死神〉は、珍しいことに今日はまだ姿を見せていない。
カウンターの角にいるマスターは、いじけているうちに、眠ってしまったようだ。
ふと、店内の気温が下がった気がして、しずくが窓の外に目をやると、いつの間にか雨が降り出していた。
すっかり冷めてしまったコーヒーに口を付けたクアウラが、太いため息をつく。
「もし、この店でしずく様やマスター様と出会わなければ、われわれはヴィリオーサ様を悪しき竜だと誤解したまま、取り返しのつかないことをするところでした」
「僕らは、ヴィリオーサ様の名誉を回復するために、明日にでも今回の調査結果を神殿の公式見解として国民に発表するつもりです」
「もちろん、われわれ神殿への批判は免れないでしょうが、現神官長として、この過ちは正さねばなりません」
真摯な表情で語る二人に、しずくが問いかける。
「では、クアウラさんたちは、今はもう、りりちゃんが生贄を求めてくるような恐ろしい竜だとは思っていないのですか?」
「ええ。もうそのようには思っておりません」
「僕もです。ヴィリオーサ様が生贄の赤子を親元に戻してくださっていたことや、僕らと仲良くしたいと思っておられることを知った今では、以前のように恐ろしい方だとは思えません」
「良かった。お二人がそう言ってくださって、何だか安心しました!」
しずくがにこやかに微笑むと、シュクレドラゴンたちが嬉しそうにはしゃぎ出した。
「りりちゃんの誤解が解けてよかったきゅる!」
「これでやっと、りりちゃんがシグベルムの人と仲良くできるきゅるね!」
「このことを、早くりりちゃんに知らせてあげたいきゅる!」
だが、そんな彼らを見つめるクアウラとワトルの表情は、あまり晴れない。むしろ、先程に比べて顔つきが険しくなったようだ。
「残念ながら、ヴィリオーサ様が生贄を欲していないという事実が国民に浸透しない限り、それは難しいかもしれません」
「僕らの言葉を、国民全員が素直に信じてくれるとは限りませんし……」
二人はそう言うと、眉間にしわを寄せた。




