64話 シグベルムの孤児
しずくは、いまだに口を開けたままのクアウラとワトルに、実はヴィリオーサがシグベルム人と仲良くしたがっていることを告げた。
「まさか、ヴィリオーサ様が、そんなことを思っていらっしゃったとは……」
「そもそも、りりちゃんが恐ろしい竜だと噂されるようになったのは、一体いつからですか? りりちゃんは、最後に人前で姿を見せたのはシグベルムの建国時で、それ以来ずっと隠れ暮らしてたって話してましたけど……」
しずくが疑問を投げかけると、何故かクアウラたちが心苦しそうな顔をした。
「その点については、調査を依頼された残りの項目についてご報告しながら、詳しくお話しいたします」
クアウラはそう言うと、新たな資料を取り出して、カウンターの上に広げて見せた。
それは、赤子を生贄にされた家族の一覧で、ところどころに補足事項が書き込まれている。
「まず一番目の件、『赤子を生贄にされた家族のその後』についてですが、われわれが調べたところ、たった一組を除いて、全ての家族が生贄の神事を終えてから半月以内に国を出ていました」
「そうでしたか……」
全く驚かないしずくに、クアウラが嘆息する。
「やはり、既にしずく様は、真実に気付いておられたのですね」
「どういうこときゅる? ぽぴーたちにもわかるように、お話してほしいきゅる」
しきりに首を傾げるポピーたちに、しずくが説明する。
「私は、クアウラさんたちの依頼を受けた時点で、やっぱり、りりちゃんが生贄を求めているという話は間違いで、生贄にされた赤ちゃんたちは、りりちゃんによって家族の元に戻されていたんじゃないかなって考えていたの」
だから、その考えの裏付けを取るためクアウラたちに調査を依頼したのだ、と説明すると、その話を聞きながらじっと考え込んでいたネリネが、急に声を弾ませた。
「あ! ねりねは、わかったきゅる! 赤ちゃんが生贄になった家族がシグベルムからいなくなったのは、おうちに帰って来た赤ちゃんを連れて逃げたからきゅるね?!」
しずくは、微笑みを浮かべてうなずいた。
「彼らが大急ぎで国を出たのは、赤ちゃんが無事に戻って来たことを知られて、また生贄として取り上げられてしまうことを恐れたからだと思う」
「でも、さっき神官さんは『一組を除いて』って言っていたきゅるね。それってどういうこときゅる?」
「それは……」
言い淀んだしずくに代わって言葉を続けたのは、真剣な顔をしたクアウラだった。
「その件については、メモに書かれた二番目の件と一緒にご報告します」
「二番目というと、前回の神事が行われた百五十年前、孤児院に預けられた子供の記録のことですね。資料は無事に見つかりましたか?」
「ええ、もちろんです。実は、この件を調べるのが一番簡単でした」
「そうなのですか? てっきり孤児の数が多すぎて、全部調べるのは難しいと思っていましたけど……」
しずくは驚いた様子で、クアウラの精悍な顔を、まじまじと見た。
「実は、毎年豊作が続くわが国では、飢えるほどの困窮が起こらないため、孤児の数が非常に少ないのですよ」
「ああ、だから名簿がこんなに薄いのですね!」
クアウラから手渡された、今から百五十年前の孤児院の名簿には、孤児の名前と孤児院に入れられた日付とが、横並びで書き込まれていた。名簿はたったの二ページで、ざっと見たところ、孤児の数は百名にも満たなかった。
「孤児の数が少ない分、生年月日や家族の氏名、病歴などの補足事項は、ずいぶんと事細かに記載されているのですね」
「昔からわが国では、孤児が養子縁組をしたり、独り立ちする時に役立つよう、彼らの情報は、なるべく事細かに記録するよう定められているのです。ちなみに、養子縁組を受け入れるか、自分で職を見つけて独り立ちするかは、彼ら自身で選択できるようになっています」
説明を聞く限り、シグベルムの孤児は、他国に比べてずいぶんと手厚い保護を受けているようだ。
「この名簿に載っている孤児は、みんな身元がはっきりしているんですね」
「ええ。わが国の場合、孤児院に入るのは、主に事故や病で身寄りをなくした子供や、他国から来た移民の子ばかりですからね」
そこでふと、クアウラがまなざしを尖らせた。
「──ですが、ごく稀に、それらに当てはまらない者もいます」
そう言うと、彼はカウンターに身を乗り出し、名簿の一部を指し示して見せた。




