59話 みんなから怒られるマスター
「おや? ようやく自分の声で話す気になったのですか?」
「あるじ様、もっとりりちゃんに優しくするきゅる」
「怖がらせちゃだめきゅる」
「そんなに意地悪そうな顔をされたら、話したくなくなるきゅる」
シュクレドラゴンたちから抗議され、マスターが仕方なく言い直す。
「んんっ! この場にいるわれわれは、全員あなたの事情を知っています。つまり、悪い竜だと思われる心配はないのですから、いつか人々の誤解を解くときの予行練習だと思って、声を出して話してみては?」
椅子に座ったままのヴィリオーサは、困惑した様子で視線をさまよわせている。
「あなただって、本当はこのままではいけないと思っているのでしょう?」
マスターのその言葉を聞いて、ヴィリオーサが目を見開いた。不安そうに見つめてきた彼女に向かって、しずくやシュクレドラゴンたちが大きくうなずいた。
お手伝いゴーレムのごーちゃんたちも、両腕で力こぶを作る仕草をして、ヴィリオーサを応援している。
〈白い死神〉は、相変わらずホールケーキをむさぼり食っている。
とうとう覚悟を決めたのか、ヴィリオーサがゆっくりと口を開けた。
『──本当は、わたしだって自分の声でお話がしたい。シグベルムの人たちと、仲良くしたい』
それは、地を這うような低い音に、獰猛な獣の唸り声とがなり声を混ぜたような、身の毛がよだつような怖ろしい声だった。
しずくたちが何も言えずに固まっていると、マスターが、しげしげとヴィリオーサの顔を見ながら口を開いた。
「なるほど、 確かにひどい声ですね」
『……!!!』
次の瞬間、金色の目に涙を浮かべたヴィリオーサは、しずくに声をかける隙すら与えずに、あっという間に店から飛び出していった。
その直後、外から恐ろしくもどこか悲しげな咆哮が聞こえて来た。
「りりちゃん!」
しずくやシュクレドラゴンたちは慌てて店を飛び出したが、既にヴィリオーサは元の姿に戻って、北のポリュグ山脈へと飛び去った後だった。コウモリのような翼を生やした巨大なドラゴンの後ろ姿は、みるみるうちに小さくなり、やがて見えなくなった。
「ちょっと、マスター! さっきの態度は一体なんなの!?」
店の中に戻るなり、しずくは厳しい顔でマスターに詰め寄った。
「し、しずくさん? そんなに怖い顔をしてどうしたんです?」
「どうしたもこうしたもないでしょ! なんであんなことを言ったの?!」
「え? なんでって、ぼくはただ、思ったことを素直に口にしただけで──」
「もー! いくらなんでも、デリカシーがなさすぎるよ!」
「いくらあるじ様でも、ひどいきゅる!」
「ねりねもぽぴーと同じ意見きゅる、さすがに、あれはないきゅるよ!」
「りりちゃんが、かわいそうきゅる!」
怒ったしずくたちから一斉に責め立てられ、動揺したマスターが視線をさまよわせていると、ホールケーキの上で生クリームまみれになっていた〈白い死神〉と、不意に目が合った。
「な、なんです? あなたまで何か──」
『……………………どんびき』
〈白い死神〉からの呆れた視線と言葉でトドメを刺されたマスターは、へにゃりとテーブルの上に倒れ伏すと、そのまま動かなくなった。
悪意が全くないぶんタチが悪い (=_=)




