57話 何故か声は出さない
「まさか、一時間も泣き続けるとは思いませんでした……」
「あははは……。でも、何とか落ち着いたみたいで良かったね」
ヴィリオーサがようやく泣き止んだ時、〈喫茶シルエ〉の面々は、すっかり疲れ果てていた。
「まあ、とりあえず、甘い物でも食べて一息つこうよ」
そう言って、しずくが冷蔵ショーケースから取り出したデザートを並べていると、少しだけ元気を取り戻したシュクレドラゴンたちが、わらわらとテーブルに集まって来た。
「りりちゃんも遠慮しないで、ももたちと一緒にたべるきゅる!」
三匹の中で一番内気なモモが、カウンターチェアの上で縮こまっていたヴィリオーサの手を引いて来た。
りりちゃんというのは、「ヴィリオーサっていう名前は、ちょっと呼びにくいきゅる!」と言い出したシュクレドラゴンたちが、勝手に付けた愛称である。
ヴィリオーサから許可を取らずにそんなことをして大丈夫なのか? としずくは心配していたが、意外にも、当のヴィリオーサは、りりちゃんという愛称で呼ばれることを、とても喜んでいるようだ。
ちなみに、モモたちの話ではヴィリオーサは女の子──マスターによると実際は数千年以上生きているそうなので、かなり語弊があるが──であったらしい。
「りりちゃんは生クリームが好きみたいだから、ショートケーキをどうぞ」
「!」
しずくからも、りりちゃん呼びされたヴィリオーサは、口元をムズムズさせて、嬉しそうに目を輝かせている。
(やっぱりこんなに内気で優しそうな子が、生贄なんて要求するはずがないよ)
どうやら、ここはじっくりと腰を据えて、ヴィリオーサ自身から詳しい話を聞き出す必要があるようだ。
そう思ったしずくは椅子から立ち上がると、話の途中で邪魔が入らぬよう、店の外に「本日臨時休業」と書いたボードを立てかけに行った。
「それじゃあ、あらためて、りりちゃんのことを教えてくれるかな?」
皆でそろって甘いデザートでおなかを満たした後、しずくは、行儀よく椅子に腰掛けたヴィリオーサに優しく話しかけた。
いきなり核心に触れる様な質問は避け、まずは答えやすそうなことから聞いてみることにする。
「じゃあ、まず最初に、昨日りりちゃんは、どうしてこの店に来たのか教えてくれるかな?」
相手は、自分よりもずっと長い年月を生きている神竜なのだが、何故か敬語を使うと途端に悲しそうな顔をするので、あえて子供に話しかけるような口調で問いかける。
すると、ヴィリオーサは、突然何もない空間から紙と羽ペンを取り出して、猛然と文字を書き始めた。
(まさかの筆談?!)
ヴィリオーサは、目で追えないほどの速さで文字を書き終えると、くるりと紙の向きを変えて、しずくに差し出した。
「──な、なるほど。この店から急にもの凄く強い神気を感じたから、気になって見に来たんだね」
その、もの凄く強い神気をまき散らした犯人とは、もちろん〈白い死神〉のことだろう。
ヴィリオーサは、三日前に〈白い死神〉がこの店を探し出してやって来た時点で、既に彼の神気に気付いていたが、知らない神と顔を合わせる勇気が出ずに、ぐずぐずと巣の中で引きこもっていたそうだ。
彼女が重度の引きこもりだという〈白い死神〉の話は、どうやら真実であったらしい。




