56話 かわいらしい客の正体
カウンターチェアの高さを調整してもらい、ようやく調理する様子を見られるようになった紅色のドラゴンは、見るからに嬉しそうだった。
「なんだ、そうだったんだ。調理に夢中で全然気づかなかった! そういうことなら、これは賄いにして、お客様の分は新しく作り直しますね!」
ポピーから事情を聞いたしずくは朗らかに笑うと、紅色のドラゴンから良く見えるよう意識しながら、新しいパンケーキを焼き始めた。
いちごパフェ担当のごーちゃんたちも、なるべくゆっくり調理することで、小柄な客の目を楽しませようとしている。
料理がで出来上がっていくのを、ワクワクした様子で眺めていた紅色のドラゴンは、目の前に料理が並べられると、うっとりとした表情を浮かべた。
「お味はどうですか? 気に入ってもらえたらいいんだけど……」
心配そうなしずくの目の前で器用にフォークを使い、ぱくりとパンケーキを口に入れた紅色のドラゴンは、きらきらと目を輝かせながら短い足をぱたぱたと動かした。
カウンターチェアから垂れた尻尾が、ぶんぶんと高速で振られているところを見ると、どうやらいたくお気に召したようだ。
相変わらず一言も話さないが、感激した顔でしずくを見つめて何度もうなずいたり、体を小刻みに揺らしたりして、一生懸命に美味しさを伝えてくる。
(……もしかして、この子って言葉が話せないのかな?)
しずくとポピーが戸惑いながらそっと顔を見合わせていた時、マスターが放った一言が、そんな彼らの疑問を一気に吹き飛ばした。
「──姿を変えているようですが、あなた、ヴィリオーサですよね?」
言葉の意味が理解できずに呆けていたしずくが、一呼吸おいてからやっと我に返る。
「え? マスターってば、何を言っているの? まさか、そんなはずがないよ。ほら、見てよ。昨日の竜とは体の大きさが全然違うでしょ?」
カウンターの端からぱたぱたと飛んで来て、しずくのそばに着地したマスターは、はあ、と深いため息をついた。
「しずくさん、神竜のように強い力を持つ神であれば、自分の姿を変えるくらい、造作もないことなのですよ」
「そうなの?! でも、まさか──」
そんなことがあるだろうか──と、しずくが視線を戻すと、ぴしりと固まった紅色のドラゴンが、だらだらと異常なほどの冷や汗をかきながら、小刻みに震えていた。
「わかりやすいにも程がある!」
「こんな反応をされたら、何だかぼくが悪者みたいです……」
紅色のドラコンが神竜ヴィリオーサであることは、もはや明白だった。何しろ、自分の態度ではっきりとそう示してしまっている。
マスターは、変化したヴィリオーサが店を訪れた時点で正体に気付いていたらしく、どういうつもりで店に来たのか、それとなく様子を見張っていたらしい。
「あ、ちょ、待って、泣かないで!」
「そんなに怖がらなくてもいいきゅる。誰も怒ってないきゅる」
「大丈夫だから、泣き止むきゅるよ~」
「ごーちゃんが、ホットミルクを持ってきてくれたきゅる! これを飲んで落ち着くきゅる!」
だが、警戒していた相手が、親に叱られた幼子のようにグズグズと泣き出してしまい、さすがのマスターも戸惑いが隠せないでいた。




