54話 かわいらしいお客さんがやって来た
「じゃあ、ヴィリオーサという神竜についてマスターが覚えているのは、紅色の巨大な竜だってことと、とても気弱な性格で、いつも自分の住処に引きこもっているってことだけなんだね?」
「ええ。当時、ぼくはお仕えしていた神様以外、全く興味がなかったので、それ以外の事は全く覚えていません!」
マスターが堂々とうなずくと、しずくたちがあからさまに失望した顔をした。
「マスターはわりと好き嫌いがはっきりしているタイプだったんだね……」
「でも、全く覚えていないって、胸を張ってドヤ顔で言うようなことじゃないきゅるよ」
「思っていたよりも、あるじ様が覚えていた情報が少なくてがっかりきゅる……」
「いくら興味がないからって、簡単に忘れるちゃうのはどうかと思うきゅる。あるじ様、だめだめきゅる」
自分の眷属たちからも呆れられ、マスターがすっかり小さくなっている。
「あっ! 小鳥さんは、何か知らないきゅるか?」
急にポピーから話を振られた〈白い死神〉は、つぶらな目をぱちぱちさせた。
『あのりゅう、じゅうどのひきこもり。むかしから、いえからでない。だから、あいつのこと、だれもしらない。きのう、ここにきたのは、きせき。おれ、びっくり』
──つまり、ヴィリオーサという神竜は重度の引きこもりで住処から出ようとしないため、誰も詳しくは知らないらしい。
そのため、昨日の日中に、自発的にこの店にやって来たのは、奇跡的な事であったようだ。
「もしかして、あれかな。トルタタさんと一緒で、自分のおうちが一番好きって感じなのかな?」
しずくが首を傾げていると、ポピーたちがきゃいきゃいと騒ぎ始めた。
「ぽぴーは、恥ずかしがりやの竜さんに、また会ってみたいきゅる!」
「ももと一緒で、恥ずかしがりやさんなら、お友達になれそうきゅる」
「お友達がいないのは可哀そうきゅる。ねりねが、お友達になってあげるきゅる」
〈白い死神〉から話を聞いた三匹のシュクレドラゴンは、少なからずヴィリオーサに好意を抱いたようだった。
午後になると、ますます雨脚が強くなってきた。
昼食を終えたしずくが、カウンターの中でぼんやりしながら雨音に耳を傾けていると、だんだんとまぶたが重くなってきた。
(雨の音って、聞いているとなぜか眠くなるんだよね……)
危うく舟を漕ぎ出しそうになった時、チリンチリンというドアベルの音が、そんな眠気を一気に吹き飛ばしてくれた。
「いらっしゃいませ!」
店の中に入ってドアの前で所在なく佇んでいたのは、一匹の小柄なドラゴンだった。
背丈はシュクレドラゴンたちとほぼ同じで、顔立ちやぽっこりとした体つきも、彼らによく似てかわいらしい。だが、全身が真っ白なシュクレドラゴンとは違い、体の色は深みのある紅色で、頭には牡鹿のような立派な角が生えており、長い尻尾の先は矢じりのように尖っている。
長い間この雨の中を歩いてきたらしく、全身がすっかり濡れそぼっていて、ぽたぽたと流れ落ちる滴が、床に大きな水たまりを作っていた。
「ポピー、悪いけど、急いでタオルを持ってきてくれるかな?」
「わかったきゅる!」
ポピーの姿が、従業員専用口の奥に消えた後、「よく考えたら、魔法で乾かしてもらったほうが早いかも」と気付いたしずくがマスターを見ると、彼は何故か目を丸くしたままで、紅色のドラゴンを凝視していた。
──自分が創り出したシュクレドラゴンと良く似たドラゴンがいたことに、驚いているのかな?
しずくが何となく声をかけられずにいるうちに、小走りでポピーが戻って来た。
「もし宜しければ、お体を拭いてもいいですか?」
ふかふかのタオルを受け取ったしずくがそう尋ねると、紅色のドラゴンは恥ずかしそうに小さくうなずいた。
「今日は気温が低いから、こんなに濡れてしまったらさぞかし寒かったでしょう?」
優しく話しかけながら、丁寧に濡れた体を拭いていると、紅色のドラゴンが気持ち良さそうな顔をして目を閉じた。
店に入ってきてから、何故か一言も言葉を発していないが、特に機嫌が悪い訳ではないようだ。




