48話 たぶん、よろこんでる
「しずく様! あなたは、国を守護する代わりに生贄を求めてくる竜が悪くないとおっしゃるのですか?!」
「そんなことは言っていませんよ。私はただ、こうして実際に竜を見たら、生贄を要求してくるような悪い竜だとは思えないと言っただけです」
「な、何故ですか? なにを根拠にそんなことを?!」
「われわれの国には、神竜に生贄を捧げていた事を記した文献や資料が、幾つも残っているのですよ?!」
途端にクアウラとワトルが気色ばむが、しずくは少しも動じない。
「たとえそうだとしても、お二人はこうして間近で竜を見て、おかしいと思いませんでしたか? 目だけでもこんなに巨大な竜が、本当に生贄だけで空腹を満たせると思います?」
「そ、それは……」
「で、ですが、先代神官長の手記には、生贄をやめるように頼んだ際に、怒ったヴィリオーサ様に喰われそうになった、という具体的な記述が──」
「もし、その手記に書かれた通りの短気で凶暴な竜なら、とっくに店ごと潰されていてもおかしくありませんよ。でも、この目を見ている限りでは、私たちへの敵意は全く感じらません」
金色の巨大な目は、ただ静かに店内にいるしずくたちを見つめているだけなのだ。
実際に、何の害意も感じていないからこそ、〈白い死神〉は竜に手を出さないし、シュクレドラゴンたちも落ち着いていられるのだろう。
それにしずく自身も、この目には、理知的で優しい光が宿っているように思えてならなかった。
「逆にお聞きしますけど、お二人は何故そんなにも、先代の神官長さんが書き残したことが信じられるのですか?」
不思議そうに問い返され、目を白黒させているワトルに、しずくが畳みかける。
「先代の神官長さんが竜に食べられそうになった時、それを実際に見た人はいたのですか?」
「い、いえ、それは……誰も見ていません。ですが、彼は嘘をつくような方ではありません!」
「そんな曖昧な理由で、ろくに確認や検証もせずに、手記の内容が全て本当の事だと決めつけるのはどうなのかな? 例えば、単に竜が口を開けたのを見て、自分を食べようとしていると先代の神官長さんが誤解したってこともあり得るでしょう?」
「まさか、そんなことは……!」
「私は先代の神官長さんがどんな人なのか知らないので、客観的に思ったことを言っているだけですけど、もし気を悪くさせてしまったのなら謝ります。でも、国の守護神竜を相手にするのなら、もっと慎重に事実を確かめたほうがいいと思いますよ?」
「う……。それは、確かにそうかもしれませんが……」
クアウラたちがうろたえていると、不意に窓を覆っていた金色の目が見えなくなり、またしても店が揺れ出した。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と同じような間隔で何度も地響きが起こっている。
「今度は一体なんなの?!」
『こうふんして、とびはねてる』
窓際の席からしずくの元に飛んできた〈白い死神〉が、意外なことを言った。
「興奮して飛び跳ねてる?」
『たぶん、よろこんでる』
「喜ぶ要素なんてあったかな?!」
カウンターにつかまりながら窓の外に目を向けると、〈白い死神〉が言った通り、暗がりの中に見える火炎竜の巨大な足が、何度も飛び跳ねているのが見えた。
それからしばらくして、しずくが激しい揺れで酔いかけた頃、ようやく地響きが止まったのと同時に強風がガタガタと激しく窓を揺らしたかと思うと、急に店の外が静かになった。
ゆるゆると顔を上げて見ると、先程まで見えていた火炎竜の姿が消えていた。
『おやまのほうに、とんでった』
「きっと、おうちに帰ったきゅるね」
「体がおっきいから、歩いただけでお店が揺れちゃうきゅる」
「きっと悪気はなかったきゅる」
「あはは……。まだ体が揺れている気がするよ……」
ポピーたちと一緒に、火炎竜が飛び去った方向を眺めていると、ご機嫌斜めなマスターが愚痴を零し始めた。
「全く、困ったものです。悪気はなかったのだとしても、迷惑なことには変わりありません。危うく食器が落ちてダメになる所でしたよ」
マスターから何か言われる前に、早々と窓際のテーブルに戻っていた白い小鳥は、いち早く火炎竜に気付いて皆を守ってくれたお礼に、しずくが空になっていたティーカップにサウー砂糖入りのミルクティーをたっぷりと注いでやると、感激のあまりテーブルの上で飛び上がっていた。
ティーカップの周りで嬉しそうに飛び跳ねているその姿は、〈死神〉という恐ろしい異名を持つ神とは思えないほどに愛らしかった。




