45話 返事は保留
「そもそも、相手が堕ち神ならともかく、国を守護してくれている竜に、力づくで言うことを聞かせようだなんて、本来であればしてはいけないことなのでは?」
「もちろん、われわれとしても、こんなやり方が正しいとは思っておりません。もし、話し合うことで穏便に解決できるのならそうしたいと思っています。ですが、かの竜は、マスター様のように温厚で理知的な神ではないのです」
「でも、それが本当かどうかは──」
しずくからの反論を遮るように、ワトルが一息に説明する。
「実際に、ヴィリオーサ様とお会いになった方がいらっしゃるのです! 亡くなられた先代の神官長様は、生贄を求めるのを止めてほしいと直訴するために単身でポリュグ山に赴き、ヴィリオーサ様との対話を試みました。ですが、話の途中で怒り出したヴィリオーサ様に危うく食い殺されそうになったとか!」
「……更に、神官長の死後に見つかった手記には、『見た目の恐ろしさを裏切らぬ凶暴な性格のため、対話を望むのは極めて難しい。特に、ギラギラと輝く金色の眼に睨みつけられた時は、あまりの恐ろしさで全身が凍り付き、危うく心臓が止まりそうになった』と、出会った時の恐怖が、ありありと書き残されておりました」
ワトルの話を補足したクアウラは、文献に書かれていた光景を想像したのか、尻尾を丸めて震えている。
どうやら、ヴィリオーサという守護神竜は、国の守護神として奉じられている一方で、生贄を欲する凶悪な竜だと思われており、神殿の神官たちからも恐れられているようだ。
(でも、クアウラさんたちは、実際に竜を見たわけじゃないんだよね。先代の神官長が実際に竜と対面したという話は本当のことなのかな?)
疑念が晴れないしずくは、カウンターの中でかがんでちょいちょいと手招きすると、体を寄せて来たマスターに小声で話しかけた。
「ねえ、マスターはこの依頼を引き受けるべきだと思う? 私はちょっと気になることがあって、まだ判断がつかないんだけど」
「ぼくも、しずくさんと同意見です。実は、以前お仕えしていた神様から、ヴィリオーサという名前の神について話を聞いたことがあるのですが、彼らの説明を聞いていると、いろいろと食い違っている点がありまして──」
「そうなんだ。じゃあ、今はとりあえず、返事は保留ってことでいいかな?」
「そうですね。彼らに返答するのは、さっきしずくさんが提案していた通り、明日直接竜に会いに行って確認してからにしましょう」
「おおー! 竜を見るのは生まれて初めてだから、凄く楽しみ!」
「ぼくと一緒なら、竜にぷちっと踏まれるようなことはありませんから、安心していいですよ」
にやりと笑ったマスターに口を尖らせながら立ち上がったしずくは、緊張した面持ちでこちらの様子を伺っているクアウラたちに向き直った。
「とりあえずお話はわかりました。でも、ご依頼をお引き受けするかどうか判断するのに、もう少しだけお時間をいただけますか?」
「少しだけ、というのは、どれくらいお待ちすれば──」
「ええと、そうですね……早ければ明日の夜、遅くともあさってにはお返事します」
「わ、わかりました! なにとぞ宜しくお願い致します!」
クアウラとワトルは、依頼を断られなかったことに対し、あからさまにホッとした顔をした。
「あ! お話している間に、コーヒーが冷めてしまいましたね。宜しければ淹れ直しましょうか?」
「ありがとうございます。ぜひお願いできますでしょうか?」
「僕もお願いします。実は、緊張していたせいで、喉がカラカラでして」
カウンターを出て、自らコーヒーのおかわりを持って行ったしずくは、ようやく肩の力を抜いた二人にそれとなく問いかけた。
「ところで、シグベルムを守護しているその竜は、間違いなく火炎竜なんですよね?」
「ええ、そうです。正確には、〈劫火を司る炎の神〉と言われております。なんでも、咆哮一つでポリュグ山の噴火をも引き起こすことができるのだとか」
「あはは、そうなんですね。それなら、もしうっかりくしゃみをしたら、巨大噴火が起こりそうですね」
引きつった笑みを浮かべたしずくは、〈喫茶シルエ〉の常連客で、最近はエスプレッソとレアチーズケーキにはまっていた、トルタタという名のオレンジ色のトカゲを思い出していた。
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