38話 堕ち神
「おお、これも美味しそうですね! わざわざお気遣い頂いて、ありがとうございます」
クアウラという名のシェパードの青年が、カットされた果物が添えられたプリンを見て、嬉しそうに笑っている。
「いえいえ。お二人はとても偉い神官さんなのに、何だか大変ですね。今回みたいに、よそから神様が訪れるのは、よくあることなんですか?」
「ええ。どこの地域でも、それほど珍しいことではありません。神が気まぐれで店を出したり、姿を変えて市井に混じって暮らしたりするのは、わりと頻繁にあることですので」
「頻繁にあるんだ?!」
あまりにも神と人との距離が近いことに驚いていると、マスターが苦笑しながら説明してくれた。
「ぼくらはとても長生きですから、暇を持て余してそのようなことをする者が多いのです。まあ、自分に課せられた役目を疎かにしない限り、特に問題はありませんしね」
「じゃあ逆に、ずっと遊びほうけたままで、役目を果たさないでいたらどうなるの?」
「次第に自分が神であることを忘れて、周囲に害を及ぼすようになり、やがて堕ち神と化してしまいます」
「堕ち神?」
「あちらの世界で言うところの邪神というやつです。堕ち神はこの世界に害悪しかもたらさないので、一度そうなってしまうと討伐するしかありません」
「神様なのに、討伐しちゃうんだ……」
しずくがいた世界では到底ありえない話の数々に、理解が追い付かなくなりそうだ。
「とはいえ、僕たちだけで討伐が可能なのは、力が弱い神に限ります」
ワトルという名のコーギーの青年が話に加わった。
「たとえば、昨日のような、膨大な神気を持つ神を討伐することは、まず不可能です。もし、下手に手出ししようものなら、怒りを買って国が滅ぼされかねません」
「じゃあ、どうするのですか?」
「以前僕が読んだ古い文献によると、過去に強大な力を持つ堕ち神を討伐した際は、他の神々のお力をお借りしたようです」
他の神々まで巻き込んだというからには、討伐した際に相当な被害が出たのではないだろうか。
いくら人との距離が近いとはいえ、やはりこの異世界でも、神が畏れるべき存在であることに変わりはないのだ。
二人の犬人族が、何度もマスターに感謝しながらシグベルムへ帰って行った後、しずくが難しい顔をして堕ち神について考えていると、ぱたぱたとマスターが飛んできた。
「しずくさん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。もし、ぼくの知っている神が堕ち神になりかけたら、すぐにそいつを叩きのめして根性を入れ替えてやりますから!」
まるっこい蛇のぬいぐるみにしか見えないマスターが、かわいらしい声にそぐわない勇ましいことを言い出したので、しずくは思わず吹き出してしまった。
「しずくさん?! 笑うだなんてひどいじゃないですか!」
「ごめんごめん。でも、おかげでとても安心できたよ」
「それならいいですけど……」
「ねえ、いつもマスターが小鳥さんに厳しくしていたのも、小鳥さんが堕ち神になるのを防ぐためだったの?」
「いえ、あれは単に、周囲の迷惑を顧みない勝手な振る舞い対して、教育的な指導を行っているだけです」
意外なことに、〈白い死神〉はいつも自分の役目はきっちりと果たしているそうだ。
「ですが、もし万が一彼が堕ち神になったら、その時はきっと、討伐する神々もただでは済まないでしょうね」
渋面になったマスターにそこまで言わせる程に、〈白い死神〉は強い神であったらしい。




