36話 元凶はやはり……
「今現在は、長命種族の古い文献に僅かに記録が残っているだけで、ヒト族が生きているという話は聞いたことがありません」
「それなら、何故あなたは私を見て、ヒト族だと思ったのですか?」
しずくが首を傾げながら尋ねると、シェパードの犬人族は、何故かマスターに目を向けて、ごくりとつばを飲み込んだ。
「それは、ここが神の店でしたので──私は、そちらにおられる神が、ヒト族が絶滅する前にあなた様を救い出し、そばに置いて保護しているのかと思ったのです」
「え? じゃあ、あなたたちは、この店に来た時から、マスターが神様だと気付いていたんですか?!」
驚くしずくを見た犬人族たちが、何故かひどく困惑した様子で、互いの顔を見合わせた。
黙り込んでしまった彼らに慌ててしずくが説明する。
「ええと、実は私、まだこの世界の事情に疎くて、マスターと知り合ったのもつい最近のことなんです」
「──ああ、そういうことでしたか!」
ほっとした顔をした青年に、すかさずマスターが補足する。
「今の話でわかったと思うが、彼女はこの世界や神々の事について、まだよく知らないんだ。だから、ぼくの事も、今はマスターと呼んでもらっている」
その言葉を聞いた犬人族の青年たちは、ハッとした顔になって少しだけ考え込むと、やがて緊張した面持ちでうなずいた。
「あの、さっきの話の続きですけど、どうしてあなたはマスターが神様だと気付いたんですか?」
しずくからおずおずと話しかけられた青年たちが、慌ててマスターから視線を戻して説明する。
「その、正確に申し上げますと、われわれは昨日のうちから、この店に神がおわすことに気付いておりました」
「え? どうして?!」
思わず素の口調に戻ってしまったしずくに、シェパードの青年が少し言いにくそうな顔をした。
「実は昨日、わが国になんの前触れもなく強大な神気が降り注いだせいで、恐慌をきたす者が続出しまして」
そのせいで、国中が大騒ぎになったのだという。
「そこで、急いで有識者や高位冒険者を招集して、神気の出所を調べさせたところ、北の草原に見知らぬ建物が現れて、その周辺に恐ろしいほどの神気が満ちている、という報告が──」
「え……」
思わずしずくが視線を向けると、本物のぬいぐるみのように微動だにしないマスターが、たらりと冷や汗を流した。
「……ますたー?」
「いやいや! 誤解です! 騒ぎの原因はぼくではありません! ぼくは、普段から神気が漏れないように心がけていますし、引っ越しの時だって、きっちり神気は抑えていましたから!」
マスターは慌てて否定すると、助けを求めるように犬人族たちに視線を送った。
「そ、そうですね、マスター様からは、ほとんど神気が感じられません。私は、特に神気に敏感なのでどうにか気付くことができましたが、普通の者であれば絶対にわからないと思います!」
「じゃあ、この店の周りに神気が満ちているっていうのは──」
その時、しずくの黒いコックコートの裾を、しっかり者のネリネがクイクイと引っぱった。
「しずくちゃん、しずくちゃん。その神気って、きっと小鳥さんの神気きゅる! 昨日店に来たお客さんは、小鳥さんだけだったきゅる」
「あ。そういえば、確かに」
「きっと、彼のことですから、サウー砂糖欲しさにこの店を探すのに夢中で、神気を抑えることをすっかり忘れていたのでしょうね……」
「あー……」
「ももは、小鳥さんが店に入って来た時、ちょっとだけ気持ち悪くなったきゅる……」
「それはきっと、外から入り込んだ神気に当てられたきゅるねー」
「小鳥さん、店に入ってからは神気を抑えていたきゅる。きっと、あるじ様に怒られると思ったきゅる」
犬人族の二人を除いた全員が、一気に疲れた顔になって、ため息をついた。




