32話 メルダ硬貨が欲しい!
「まさか、この世界の神様から力を分けてもらった代わりに、私がいた世界の神様が作物を提供していたとは……」
ずいぶんと昔のことだが、あちら側の神と接する機会があった際に、そのようなやり取りがあったらしい。
「何でも、こちらの世界から得た力は、あちらの世界の環境保全のために使われたとか」
「ああ、これ以上環境破壊が続けば人類が滅びる、ってよく言われてたもんね……」
「そうなのですか? あちらの世界も大変なのですね」
「でもその話よりも、こっちの世界に竜や獣人が存在していたってことのほうが驚きかも。神竜っていうからには、同じ竜でもポピーたちみたいにかわいい感じじゃなくて、もの凄く巨大なんでしょ?」
「そうきゅるよ。しずくちゃんは、竜や獣人を見たことがないきゅるか?」
やや興奮気味のしずくを見て、ネリネがきょとんとしている。
「うん。私がいた世界には存在していなかったからね」
「そうきゅるか? 竜はともかく獣人は、こちらではごく一般的な種族きゅるよ?」
「そうなんだ……」
獣人は、丈夫な体と優れた身体能力を持っており、平均寿命は種族によってだいぶ異なるらしいが、およそ二百歳から三百歳であるらしい。
「ところで、マスターはどうしてこの場所を引っ越し先に選んだの? シグベルムの人たちが、何か困りごとを抱えているとか?」
「おそらくは」
「ん? なんかあやふやな答えだね」
「この場所を選んだのは、最近店に来た客が『シグベルムのあたりで厄介事が起こっているらしい』と噂していたのを、急に思い出したからなのです」
「そうだったんだ。何だかふわっとした理由だなあ」
「やっぱりちょっと適当すぎたでしょうか?」
しょげるマスターにしずくが笑いかける。
「まあ、いいんじゃないかな。噂になるからには、本当に何かしら困ったことが起こっているのかもしれないし」
そう言いながら食後のコーヒーを淹れ始めたしずくは、心の中であることを切実に願っていた。
──今度来店する客は、神様ではなく一般人であってほしい。そしてお代は、換金しにくい稀少な宝石や魔石ではなく、メルダ硬貨で支払ってほしい──と。
実は今、〈喫茶シルエ〉ではメルダ硬貨が不足している。
初めて開店した時からずっと、マスターの知り合いの神々はきちんとメルダ硬貨で支払ってくれるのに対し、マスターと付き合いのない神々は、みな代金の代わりに高価な魔石や宝石を置いていくのだ。
そのため、このままメルダ硬貨が足りない状態が続けば、今後しずくの給料が稀少な宝石や魔石で支払われるかもしれず、もしそうなれば気軽にお買い物に行けなくなる! と、彼女は密かに危機感を募らせていた。
(もし、街であんなに高そうなものを換金しに行ったら、変に怪しまれるに決まっているもんね)
もちろん、神であるマスターに頼めば換金など容易いことなのだが、普段から「自分でできることはなるべく自分でする」という習慣を持つ彼女の脳裏からは、その考えが完全に抜けていた。
(まだ店が移転したことは神様たちも知らないから、きっと、最初に来るお客さんはシグベルム人のはずだよね。ふふっ。犬の獣人さんかあ。会うのが楽しみだなあ!)
だが、出張開店した〈喫茶シルエ〉に最初にやって来たのは、予想外の客だった。




