25話 店名決定
「……うん。まあ、何と言うか、お仕えしていた神様の遺言を果たそうとする、マスターの真剣な思いはとても良く理解できたよ」
「本当は、もっと早く実現できればよかったのですが、いろいろな事情があって、ずっと延び延びになってしまいまして。我ながら、つくづく不甲斐ないと思っています」
「そんなことはないよ! 予備知識ゼロなのに、ほぼ勢いと熱意だけで、実際にこうして喫茶店を開いちゃったんだから、マスターは凄いよ。私だったら、何の計画性もなくこんなに無謀なことをやらかすだなんて、絶対にできっこないもの!」
「……しずくさん、もしかして、さりげなく貶していませんか?」
ジト目のマスターから、さっと顔を逸らしたしずくは、ふと、忙しさに追われてうっかり忘れていたことを思い出した。
「それはそうと、このお店ってまだ名前がなかったよね? これからもずっと営業していくのなら、お店の名前をちゃんと決めたほうがいいんじゃないかな?」
「確かにそうですね。実を言うと、この店のことを「ぼくのお店」って呼ぶのは、ちょっと恥ずかしかったんです」
「そうだったんだ……」
開店時は、ノリノリで叫んでいるように見えたのだが、実は結構無理をしていたらしい。
「それなら、明日の朝、ポピーたちに相談して決めようか?」
「そうですね。彼ら抜きで決めたら、いじけてしまいそうですしね」
しずくとマスターは、顔を見合わせながら笑い合った。
次の日の朝、マスターと一緒に店内の掃除を終えたしずくは、それから一時間ほどしてからようやく下りて来た寝ぼけまなこのシュクレドラゴンたちに、遅い朝食を振る舞った。
「寝過ごしてしまって、ごめんなさいきゅる」
「いいのいいの。昨日は突然呼び出されて、目が回るほど働いたんだもの。疲れて寝坊するのも当然だよ」
「しずくさんの言う通りですよ。君たちが謝ることなんて何もありません」
「しずくちゃんも、あるじ様も、とっても優しいきゅる」
「ごはんも美味しいし、しあわせきゅる」
「これからも、一緒にがんばるきゅる」
大きな目をうるうるさせながら感激する三匹に、心がほっこりしたしずくとマスターは、彼らが嬉しそうに料理を平らげたのを見届けると、店名を決めるのにみんなの意見を聞かせてほしい、と話を切り出した。
「お店の名前を決めたいきゅるか?」
「うん。そうなの。君たちはどんな名前がいいと思う?」
「ぽぴーは、美味しそうな名前がいいと思うきゅる!」
「ねりねは、覚えやすくて呼びやすい名前がいいと思うきゅる!」
「ももは、幸せそうな名前がいいきゅる!」
「おお! わりと具体的な意見が出たね」
だが、彼らの希望を全部満たした店名を考えるのは、少しばかり難しそうだ。
う~ん、と眉を寄せてしずくが考え込んでいると、マスターが笑顔で提案してきた。
「シルエ、という名前はどうでしょう? 瘴気を浄化する働きを持つことから、幸運をもたらすとも言われている、とても稀少な花の名前なのですが」
「──シルエ! 幸せを呼ぶ名前きゅる!」
嬉しそうに声を上げたモモの隣で、ポピーがうっとりした顔をする。
「シルエの花は、食べると甘くておいしいきゅる」
「え? 稀少な花なのに、食用なの?」
しずくに問いかけられたマスターが苦笑する。
「確かに食べると美味ですが、稀少な花なので普通は食べません。食いしん坊なこの子は例外のようですが」
シュクレドラゴンたちの中で、ポピーは特に食いしん坊のようだ。
「シルエ──ねりねは覚えやすくていい名前だと思うきゅる!」
「それに短いから呼びやすいしね。あっ、これでみんなが希望する条件を全部満たしたんじゃないかな?」
「では、〈喫茶シルエ〉という店名はどうでしょう?」
「〈喫茶シルエ〉──うん、なかなかいいね! その名前でいこう!」
しずくが尋ねたところ、シルエはマスターが創り出した花で、形がラベンダーに似ているよく似た白い花であるらしい。
いつか機会があれば見てみたいなあ、としずくが目を輝かせているのを、マスターは嬉しそうに見つめていた。
──雪のように白いシルエの花は、彼が仕えていた神が一番好きな花だった。
これで第一章完です。間章をはさんで第二章に続きます。
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