206話 おれ、かんぺき
一分は優に超えてから、呆けていた人々がようやく現実世界に戻って来た。
「は……?」
「急にやってきて、一体何を言い出すかと思えば──」
「綺麗なお嬢さん。この非常時に、タチの悪い冗談を言うのは、あまり感心しないね」
異口同音に非難されても、コサギは少しも笑みを崩さない。それどころか、立て板に水を流すように彼らを説得し始めた。
『私は冒険者ではないけれど、これでもかなり優秀な魔導士なの。それに、索敵に特化した使い魔や、目的地への最短距離を割り出せる使い魔もいるわ。これといって打つ手が見つからないのなら、私たちに賭けてみても損はないはずよ──いえ、絶対に損はさせないわ!』
サナクの同僚の研究者たちが、「彼女の一行は料理人ではなかったのか?」と、困惑していると、レオーギス帝国から来た一級冒険者の豹人族が、渋い顔でコサギに異を唱えてきた。
「賭けをする以前に、実力ですら定かでない者を、みすみす死地に向かわせる訳にはいかないんだ。悪いが諦めてくれ」
『あら、あなたって、ずいぶんと優しいのね!』
コサギは、いかにも生真面目そうな青年ににっこりと微笑むと、おもむろに取り出した杖を、彼の肩越しに見える大部屋へと向けた。
『つまり、実際に私の実力を示せば、問題はないということよね?』
「!? 何を──」
コサギが呪文のようなものをつぶやいたのと同時に、杖の先にはめ込まれた白い宝玉が輝いたかと思うと、次の瞬間、血の海と魔物の死骸で踏み場のなかった大部屋が、一気に厚い氷で覆われた。すぐ目の前でその光景を目撃した人々は、誰もが衝撃のあまり声を失っている。
「ちょっと、ちょっと! 小鳥さん、今のは、少しやりすぎなんじゃないの?!」
『そんなことない。おれ、かんぺき』
コサギのつぶやきに合わせて、タイミング良く氷魔法を振るった〈白い死神〉は、しずくの肩の上でふんぞり返ってドヤ顔をしている。
実際には〈氷雪の神〉が放ったとも知らず、恐ろしい威力の魔法を見せつけられた豹人族の青年は、こめかみから冷や汗を垂らしながら、呆然と立ち尽くしている。
「たった一瞬で、これだけの範囲を氷漬けにするとは──」
『どうかしら? これなら文句はないわよね?』
こうして、狙い通りに調査団員全員を納得させることに成功したコサギは、「もし、一日待っても誰も戻らなければ、迷宮を出て救援を要請する」という条件付きで、行方不明者の捜索に向かう許可をもぎ取った。
「あり合わせばかりで申し訳ありませんが、皆さんで上手に分け合いながら食べてくださいね!」
「承知した。これから捜索に向かうというのに、ここに残る我々の料理まで用意してくれて、本当に感謝する!」
「どうか、くれぐれも気を付けるのよ。もし、私の仲間が見つからなくても、あなたは仲間と一緒に必ず無事に戻って来て!」
「嬢ちゃん、くれぐれも無理はするんじゃねえぞ?」
「絶対に戻ってきて、また美味しいメシを食わせてくれ。約束だからな!」
ドウリグたちと同様に、小柄で華奢なしずくの事を、完全に子供だと勘違いしている冒険者たちが、心配そうに声をかけてくる。
彼らがみな不安そうに見守る中、しずくたちは、転移罠がある大部屋に足を踏み入れた。




