203話 緊急事態
その後も、遺跡を探すための迷宮攻略は、大きなトラブルに見舞われることもなく順調に進んだ。
この迷宮内は広大な迷路のようになっており、目的地である遺跡は迷宮の最奥付近にあるらしい。
そのため、調査隊が遺跡にたどり着くためには、行く手を阻む魔物を倒しながら、正しい道を選んでいく必要があった。
「正直、この迷宮が迷路状になっていると分かった時は、攻略が長びく事も覚悟していたのでありますが、非常に運が良いことに、連続して正しい道を見つけられたり、罠が不発に終わったりしたおかげで、早くも半分の地点までたどり着けたようでありますよ!」
迷宮に入ってから四日目の夕食時。
サナクは非常に上機嫌な様子で、出来立ての海鮮ドリアに、ふうふうと息を吹きかけながら、そう語った。
「それに、こうして朝昼晩と、美味い食事にありつけるおかげで、全員の士気や活力が落ちないことが大きく影響しているようであります。吾輩、君たちには、いくら感謝しても、し足りないくらいでありますよ!」
「そうですか。少しでもお役に立てて良かったです」
自分が作った料理を、調査団全員に配り終えたしずくが、嬉しそうに顔を綻ばせた。
初日の夕食以降もしずくの作る料理は大好評で、迷宮に入る前は、料理人として同行するしずくたちを、この場にいるのは場違いだと、冷ややかな目で見ていた冒険者たちも、今では自ら率先して話しかけてきたり、食事の準備や後片付けを手伝ってくれるようになっていた。
また、しずくが回復薬の口直し用に作った、死神はちみつ入りのレモン水も口直しに最適だと大好評で、「うちのチームに入らないか?」と、しずくが本気で勧誘される度に、胸ポケットの中のマスターがやきもきするという光景が、何度も見られるようになっていた。
こうして、しずくたち一行を加えた調査団の結束が、共に食事することでまとまりつつあった、五日目の午後。
昼食を終えて、攻略を再開し始めてからしばらくたった頃、その恐ろしい出来事は、何の前触れもなく彼らに襲い掛かったのだった。
『ん? 何だかあちらのほうが騒がしいわね』
不穏なざわめきを耳にしたコサギが、訝しげに前方を見据えていると、「君たちはここで待っていてくれ」と告げたドウリグが、ギットと連れ立って様子を見に行った。
「かなりヤバい事が起きちまった。先行した連中に何人もけが人が出てるみたいだ。悪いが、お嬢ちゃんたちも手を貸してくれ!」
しばらくして、蒼白な顔をして一人で戻って来たギットにそう告げられたしずくたちは、案内する彼のあとを駆け足で追いかけた。
石造りの広い通路には 固まりかけた血の跡が幾つもあって、けがを負った大勢の冒険者や学者たちが、ぐったりとした様子で壁にもたれて座り込んでいた。
更に、通路の先に見える大部屋には、いくつもの魔物の死骸が転がっており、まだ生臭い血の匂いが、しずくたちが居る場所まで、ぷんと漂ってきていた。
『これはひどいわね──一体何があったのかしら?』
コサギが形の良い眉を顰めながら、部屋の中に広がっている血の海を見て顔色を悪くしたしずくを抱きしめていると、すぐ近くで仲間を手当てしていた男性冒険者が、「罠があったんだ」と、ポツリとつぶやいた。
「通路の向こう側にある、あの大部屋の床一面に、時限式の転移罠が張り巡らされていたんだ。えらく巧妙に隠されていたせいで、先行していた斥候たちも感知できなかった」
罠に気付かないまま、調査団の半数が部屋に踏み込んだ瞬間、突然床に何十個もの魔法陣が浮かび上がり、そこから次々に魔物が転移してきたらしい。
皆が大混乱に陥る中で多数の者がけがを負い、数分後に再び転移罠が作動して、息のあった魔物が全て消え去った時、サナクと、冒険者の何人かが行方不明になっていることに気付いたのだという。




