202話 〈妖精猫族〉のパニャ族
「それでね、サナク博士のご先祖だったと思われる種族は、パニャ族と言う名前で、一千年以上も前から、この西大陸でひっそりと暮らしていた〈妖精猫族〉という稀少な種族なんだって」
「ほう。この大陸に妖精族が住んでいたとは、驚きですね」
「パニャ族という名前は、初めて聞いたきゅる」
『わたしも聞いたことがないわ』
『ぷう』
食事の後片付けを終えた後、しずくがサナクから聞いた話を教えると、〈白い死神〉以外の皆が意外そうな顔をした。
「ちょっとよくわからなかったんだけど、妖精猫族と猫人族には、どういう違いがあるの?」
話を進める中でサナクは、先祖は妖精猫族だが、自分は猫人族だ、としずくに語っていたのだ。
「平たく説明すると、猫人族は獣人族の一派で、妖精猫族は妖精族の一派です。名前は良く似ていますが、この二つの種族は全く異なる特徴を持っています」
獣人族は、強靭な体を持つが魔法は苦手で、理性よりも本能や直感に重きを置く、という特徴を持つのに対し、妖精族は全種族の中で一番魔法が得意だが体が脆弱で、そのくせ生存本能よりも探求心や好奇心を優先しがち、という変わった特徴を持つらしい。
「この二つの種族を並べて正面から見ると、全く区別がつきませんが、妖精族の背中には透明な羽が生えているので、背後から見れば容易く見分けることができます」
「それは確かに分かりやすいかも」
そしてもう一つ、彼らが決定的に違う点は、獣人族に比べて妖精族は非常に瘴気に弱い、ということだという。
「彼らは、生まれつき魔力が高いせいで、とりわけ瘴気に影響されやすく、瘴気が多い場所では生きていけないのです」
そのため、妖精族は、瘴気とはおよそ無縁の、人が立ち入ることのできない秘境や、神域などで暮らすことが多いらしい。
「だから先程、ぼくはそんな彼らが、瘴気の多い西大陸で暮らしていたと聞いて、とても驚いたのです」
「そっか。じゃあ、おねぼうさんが探している村は、パニャ族の村じゃなかったんだ……」
しゅんとしてしまったしずくに、コサギが問いかける。
『あら、しずくはどうしてそうだと思っていたの?』
「サナク博士に聞いたら、彼らはおねぼうさんを熱心に信仰していたって言うし、存在してた時期もおねぼうさんが初めて村を訪れた時期と重なっているの。だから、もしかしたらと思ったんだけど──」
『なるほどね。でも、妖精族である彼らが、瘴気まみれのこの大陸に留まってまで、エイリナスの帰りを待ち続けていたとは思えないわ」
「コサギもそう思う? それに、彼らは妖精族で、獣人族じゃないしね」
『エイリナスは、出会った村人は小柄な獣人族だった、って言っていたものね。見た目は猫人族にそっくりでも、背中の羽を見れば一目瞭然なのだから、エイリナスが獣人族に見間違えるはずはないでしょうし』
「そうなんだよね……」
残念そうに肩を落としたしずくを、マスターが慰める。
「とはいえ、まだこの迷宮にある遺跡が、パニャ族のものだと決まった訳ではありません。ぼくらが探している村の手掛かりが見つかる可能性は、まだ皆無ではありませんよ」
「……確かにそうだね。それに、サナク博士に無理を言ってまで同行させてもらったからには、たとえ空振りでも、調査団の人たちに食事を作るという役目は、きちんと果たしたいし!」
「きっと、しずくさんなら、そう言うと思いました」
マスターは満足そうにうなずくと、話を聞いていた仲間たちを見回した。
「──という訳なので、無駄足の可能性もありますが、皆さんも、このまま迷宮探索は続行するということでいいですね?」
「ねりねは、異議なしきゅる! 一度始めたことは最後までやり遂げるべき、ってあるじ様がよく言ってるきゅる!」
『私も探索続行で構わないわ。この探索は決して無駄にならない、って私の直感が告げているもの!』
『ぷぷっ!』
『おれ、まだすこしも、あばれてない。だから、このままでいい』
一柱だけ何やら物騒なことを言っているようだが、とりあえず全員、このまま探索を続行するということで意見が一致したようだ。
『そうと決まれば、今夜はゆっくりと休んで疲れをとらないとね』
「うん、そうだね……みんなが同意してくれたことに安心したら、なんだか急に眠くなってきちゃったかも……」
「ねりねも、もう、おめめが開けていられないきゅる……」
『あらあら』
生まれて初めて入った迷宮で迎えた、最初の日の夜。
しずくはリュックから取り出した簡易テントの中で、コサギとネリネに、両側から手を握ってもらいながら、安心して眠りについた。
〈白い死神〉とトトスは、しずくが用意してきた大きな籠の中で、紙を細かく裂いて作った巣材に包まれるようにして、仲良く眠っている。
そして、外からの侵入者を阻むようにテントの入口に鎮座しながら、皆が眠りにつくのを見守っていたマスターは、やがてしずくたちの健やかな寝息が聞こえてくると、やっと安心した顔になって、静かに目を閉じたのだった。




