200話 いま南大陸で話題になってるアレ
それから小一時間後。
大部屋の壁際に設けられた、横長の調理台の上にある魔導コンロには、五つの巨大な寸胴鍋が並んでいた。
しずくが調理していた時から、部屋中に広がるスパイスの香りを嗅いでいたせいで、冒険者たちの胃袋は、とうに我慢の頂点に達していた。
「皆さん、お待たせしました! 料理を配りますので、済みませんがお皿を持って順番に並んでください!」
しずくがそう叫んで、鍋の蓋を順番に開けていくと、食欲を刺激するカレーの香りが、一気に部屋の隅々まで広がっていった。
「待ってました!」
「このうまそうな香りは一体何なんだ!?」
「カレーっていう料理らしいぞ」
「カレー?! もしかして、いま南大陸で話題になってるアレか!」
「マジか! 実は俺たち、ついこの間、わざわざターラージャまで行って行列に並んだのに、結局食えなかったんだよ!」
「種類は、肉と野菜と魚介の三種類か。お! 辛い物が苦手な奴のために、シチューまであるのか!」
シチューは、肉がほろほろになるまで煮込んだデミグラスソースのシチューと、肉が苦手な人のための、野菜たっぷりのホワイトシチューの二種類だ。ホワイトシチューにも肉を入れたい人のために、塩コショウとブイヨンで下味をつけて焼いた鶏肉も用意している。
「付け合わせにはパンとごはん、どちらかお好きな方を選んでくださいね」
「おお! 迷宮の中なのに、白パンが食えるのか!」
「カレーにパンを浸すのもいいですけど、ごはんにかけても美味しいですよ」
「ごはんというのはライスのことか。せっかくだから、両方試してもいいか? カレーは肉のやつで頼む」
「もちろんいいですよ──ドウリグさん! こちらの方はごはんとパンの両方、それと肉カレーです!」
「承知した!」
料理を配るのは、しずく一人だけではなく、〈烈剣〉の三人が手伝ってくれている。
見上げるほどにガタイの良い竜人族や、口の良く回る狐人族を相手に、難癖をつけようとする冒険者はいないようで、誰もがおとなしく列に並んでいる。
『はい、どうぞ。飲み物は、自分でコップに入れて持って行ってちょうだいね』
「お酒はないきゅるが、飲み物の種類はいろいろと取りそろえているきゅるよ!」
シチューを配るコサギの隣では、ネリネが飲み物の案内をしている。
「まあ! お水やお湯以外にも、牛乳や果物ジュース、それにコーヒーや紅茶まであるのね!」
「コーヒーや紅茶には、牛乳やお砂糖を入れてもおいしいきゅるよ! カレーを食べる人は、少し甘くするのがお勧めきゅる!」
「え? 砂糖まであるの?! それなら、コーヒーに牛乳と砂糖を入れることにするわ!」
まさか迷宮の中で、高価なコーヒーが飲めるだなんて! とウキウキ顔の獣人女性は、砂糖入りのコーヒー牛乳をなみなみと注いで去っていった。
魔物と戦って汗をかいたせいなのか、冷たい飲み物を希望する者が圧倒的に多く、〈白い死神〉に作ってもらった氷が、もう少しで無くなりそうだった。
「お嬢ちゃんが作った、このカレーって料理、どれもびっくりするほどに美味しいな! さっきは、失礼なことを言っちまって、悪かったよ」
『ふふん。まあ、わかればいいのよ』
「別に気にしていませんから、謝らないでください。それよりも、さっきはお手伝いしてくれて、どうもありがとうございました!」
得意げに胸を反らすコサギに苦笑しながら、しずくがコーヒーを飲んでくつろいでいる〈烈剣〉の面々に礼を言うと、彼らは、大したことはしていない、と笑いながら首を横に振った。
ギットも、くしゃりと笑いながら皿を床に置くと、まるで幼い妹に接するように、しずくの頭をフードの上から優しく撫でた。
「お嬢ちゃんのおかげで、こんなに美味い夕食が食えたんだから、ほんの少し手伝う事ぐらい、どうってことないさ──しっかし、本当に美味いなあ。もし、家で待ってるちび共に食わせてやったら、きっとあいつらの事だから、無言のままでがっつくだろうなあ」
肉と野菜と魚介、三種類のカレーを少しずつよそって食べ終えたギットは、故郷で待っている弟妹を懐かしんでいるのか、とても優しい兄の顔をしていた。




