2話 店長との出会い
「どういうこと? トンネルを出る直前に見えていたのは、確かに普通の道路だったはず」
首を傾げながら、何気なく後ろを振り向いたしずくは、目を丸くして固まった。
「嘘、トンネルが無くなってる?!」
慌てて周囲を見回すが、美しい森が広がっているだけで、トンネルはどこにも見当たらない。もしやこれは白昼夢なのかと、何度目をこすってみても、目の前の景色は全く変わらなかった。
状況が飲み込めずに、しばらく呆然と立ち尽くしていたしずくは、やがて我に返ると、長いため息をついた。
「はあ。訳が分からないけど、ずっとこうしていても仕方がないか。とにかく、今はバイト先の喫茶店を探そう……」
手元の地図に書き込まれた説明によると、トンネルを抜けてしばらく真っすぐに歩いて行くと、喫茶店が見えて来るらしい。
「とりあえず、この細い道をずっと行けばいいのかな?」
幸いなことに、先程までの蒸し暑さが嘘だったかのように、森の中は湿気が少なく涼しかった。
強い日差しに晒晒されずに済んだことにほっとしつつ、ガタがきている心臓が音を上げないよう、しずくはゆったりとしたペースで森の中を歩き続けた。
「……そろそろ、店が見えてくるといいんだけどな」
このまま真っすぐ進んで行っても良いのか、少し不安になりかけた頃、不意にぽっかりと開けた場所に出た。
「ほんとにあった!」
小径を抜けた先に建っていたのは、外壁がレンガで出来ている落ち着いた佇まいの喫茶店だった。
建物は二階建てで、青葉色に塗られた屋根が森の木々に上手く馴染んでいる。
「見た目は結構、私好みかも」
店名はどこにもないが、入口に置かれたプランターのそばには、「準備中」と書かれたボードが立てかけられている。
緊張しながら、おそるおそる木製のドアの取っ手に手をかけると、施錠されていないドアが容易く開き、金色のドアベルがチリンチリンと可愛らしい音を立てた。
「こんにちはー……」
「──いらっしゃいませ」
戸惑いがちに店の中に足を踏み入れると、向かって左手の正面に備え付けられたカウンターから、幼子のような可愛らしい声がした。
「ようこそ、首を長ーくしてお待ちしておりました!」
「えっ?」
カウンターの中から顔を覗かせていたのは、可愛らしい白蛇のパペットだった。
どうやら、この店の主はずいぶんとお茶目な人物であるらしい。しずくは、少しどぎまぎしながらパペットに話しかけた。
「もしかして、店長さんはパペットがお好きなんですか? 白蛇のパペットなんて珍しいですね。もしかして手作りですか?」
「はて? それはどういう意味でしょう?」
「ん?」
「店長は、ぼくですが」
「んん??」
──どうも会話がかみ合っていない気がする。
しずくが困惑して黙りこんでいると、白蛇のパペットが、ぱたぱたと小さな翼をはためかせながら目の前にやって来た。
「え? パペットなのに、飛んで──?!」
「はじめまして、水瀬しずくさん。ぼくがこの喫茶店の店長です!」
「……は?」
「天音さんから話は聞いています。今回は快くバイトを引き受けてもらえて、本当に助かりました!」
声を弾ませた白蛇のパペットが、嬉しそうな顔で短い尻尾を左右に振っている。
「パ、パペットが、生きてしゃべってる?!」
──なんと、新しいバイト先の店長は、人ではなく未知の生き物だった。




