195話 猫人族の博士
「料理の腕前だけでなく、人柄も優れているとは、吾輩、いたく感心したであります!」
「あ、ありがとうございます。失礼ですが、あなたも、ポノックル商会の従業員さんなのですか?」
従業員にしては、やけに仕立ての良い服を着ている猫人族に問いかけると、彼は決まりが悪そうな表情を浮かべて、ぽりぽりと頭を掻いた。
「実は吾輩、ついさっきまで店で商談していた者なのですが、カレーの香りに夢中になるあまり、ふと気が付くと、こうしてなし崩し的にご相伴に預かっていた次第でありまして──」
つまり、彼は完全な部外者で、他の従業員たちに紛れて、ちゃっかり食堂に入り込んでいた──ということであるらしい。
こういう場合は、どうしたらいいのだろう、としずくが困惑していると、カレーのおかわりをしに来たユノラが、「あっ!」と声を上げた。
「サナク博士?! 何故、あなた様がここに?!」
「やあ、こんばんは、支店長」
どうやら二人は知り合いのようだ。キョトンとしているしずくに、コホンと咳払いをしたユノラが説明する。
「んんっ、大変失礼致しました。こちらは私どもの商会のお得意様で、北大陸のレオーギス帝国から、はるばる遺跡調査にいらっしゃった、サナク博士です」
「え? 遺跡調査に来ていると言うことは、もしかした新しい迷宮を発見したという、学者さんですか?」
「おお、吾輩を知っているのなら話が早いであります。いかにも、吾輩が迷宮を見つけた張本人でありますよ」
胸ポケットから顔をのぞかせたマスターとしずくが、思わず顔を見合わせる。まさか、新しい迷宮に入るための交渉相手が、偶然カレーに釣られてやって来るとは、何と運が良いのだろう。
「もしかして、博士が遺跡を調査する人たちの責任者さんですか? もしそうなら、ぜひお願いしたいことがあるのですが」
「うん? 吾輩にお願いとは、一体どういうことですかな?」
「実は、私たちの探し物の手掛かりが、博士が調査しようとしている遺跡で見つかるかもしれないんです。だから、もし宜しければ、私たちも調査に同行させて頂けないでしょうか?」
会話を聞きつけたコサギがやってきて、しずくに加勢する。
『私たちは冒険者ではないけれど、魔法にはかなり自信があるし、斥候の能力に長けている者もいるから、十分に迷宮攻略のお役に立てると思うの。何とか検討して頂けないかしら?』
「──ふむ。話は良くわかりました。しかし、調査に同行する冒険者の数は、もう十分に事足りているのでありますよ」
難色を示す博士に、しずくがすかさず提案する。
「でも、私たちを連れて行けば、迷宮の中でも、おいしい料理が食べられますよ!」
「む? それはどういうことですかな?」
しずくが持参したリュックには、マスターの魔法によって、便利な収納機能が付けられている。調理器具や食器、食材だけでなく、作り置きの料理も入れておけるので、事前にカレーを作った寸胴ごとリュックの中に入れておけば、迷宮の中で取り出して食べることが出来るのだ。
「つまり、このカレーが、迷宮の中でも食べられる……」
説明を聞いたサナク博士の心が、ぐらぐらと揺れているのを見て、しずくがさらに畳みかける。
「もし、同行させて頂けるのなら、シグベルム共和国で今話題の、〈りりちゃん印のクリームチーズケーキ〉をデザートに付けちゃいます!」
「なんと!? あの、幻のケーキをデザートに?!」
『おれ、いまたべたい』
「小鳥さんは、ちょっと黙ってて!」
交渉に乱入してきた白い小鳥のくちばしを、咄嗟に両手で抑えたしずくの目の前で、猫人族の学者は優に十分以上は、頭を抱えて悩んでいたが、結局、「迷宮でもカレーが食べられる」という誘い文句に負けて、しずくたちが同行することを承諾した。
「では、詳しいことは明日使いの者を寄こして説明させるであります」
そう告げたサナク博士は、今度は魚介のカレーも用意して欲しい、としずくに熱く懇願したのち、自分が泊っている宿へと帰っていった。
『あの学者さん、すっかりカレーにハマったみたいね』
「ふふふ。カレーには、謎の中毒性があるからね……」
してやったりという顔のしずくたちがサナクの後ろ姿を見送っている間に、二つの寸胴の中のカレーは、見事にすっからかんになっていた。
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