192話 ポノックル商会ケルベラ支店
「ごめん、私が聞いてきた宿もだめだった。もう一部屋も空いてないって断られちゃった」
「きゅる~……」
しずくが手でバツ印を作りながら戻ってくると、ネリネががっかりした顔をした。
あれから、皆で手分けして周辺の宿をあたったのだが、まだ夕方になっていないのにも関わらず、すでにどの宿も満室だった。
「これは困りましたね」
「冒険者さんたちは、こうなることを知っていて、先に宿を抑えていたみたいだね」
「このままだと野宿になるきゅるか?」
だが、不安そうなしずくたちとは対照的に、コサギは何の心配もない様子で笑っている。
『大丈夫。私が一緒に居るのだから、きっとなんとかなるわ!』
『ぷいっ!』
コサギが肩から下げたかばんから顔をのぞかせたトトスも、何故か自信ありげな顔をしている。
『そういえば、どうやらこの街にもポノックル商会の支店があるみたいなの。迷宮に行くなら、いろいろと必要になる物もあるし、せっかくだから行ってみましょうよ。ついでに、今日泊まる宿についても相談できるかもしれないわ!』
みな特に異論はなかったので、一行はトトスの道案内でポノックル商会の支店を訪ねてみることにした。
街の大通りに面している落ち着いた外観の店舗は、地元民や観光客など、多くの者が訪れており、なかなかに盛況だった。
さっそくコサギが手の空いた男性店員に声をかけて、ポノックルから渡されたカードを提示すると、彼はさっと顔色を変えて、一行を奥の応接室へと案内した。
(ポノックルさんがくれたカードって、本当は凄く特別なものなのでは……?)
疑問に思いつつ、しずくがふかふかのソファでくつろいでいると、控えめなノックの後で、銀縁眼鏡をかけた、いかにも有能そうな獣人女性が入って来た。
「私は、このケルベラ支店を任されている、支店長のユノラと申します。この度は、どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」
『そのことなんだけれど、実は私たち、チャルトリク王国に滞在していた時に、ポノックルさんとちょっとしたご縁ができてね──』
冷たい表情の狼人族の女性に少しも怯むことなく、コサギが美しい微笑みを浮かべながら事情を話すと、厳しかったユノラの表情が、徐々に和らいでいった。
「そうでしたか。では、お客様が、会長の窮地を救って下さった恩人でいらっしゃったのですね!」
『ふふっ。ずいぶんと大げさねえ。降りかかった火の粉を払ったら、たまたま、あなたの雇い主を助ける形になっただけよ』
「いえ、それでも、商会の評判を救って下さったことに変わりはありません」
きっぱりと言い切るユノラの言葉には、強い感謝の念がこもっている。
「今回は、何かお困りごとがあって、わざわざお越し下さったのでしょうか? 私どもの商会でお役に立てることでしたら、何なりとお申し付けください」
『ありがとう。それなら、お言葉に甘えさせていただくわね』
コサギはそう前置きすると、この街で滞在する宿が見つからずに困っていることを説明した。
「成程、そういうことでしたか。確かに、この街の住人や店主たちの間でも、新しい迷宮が見つかって冒険者の皆様が殺到したせいで、宿が足りなくなる事態が起きていることが、問題視されています」
『そうなのよ。このまま宿がとれなければ、どこかで野宿するしかないのだけれど、やっぱり女性である私たち二人だけだと、少し不安なのよ。物置や倉庫でもいいから、どこか寝泊まりできる場所に心当たりはないかしら?』
話を聞き終えたユノラは「我が商会の恩人を野宿させるだなんてあり得ません!」と叫んでソファから立ち上がると、すぐに彼女の部下らしき男性を呼んで、何事かを耳打ちした。
「宿泊先につきましては、どうか私どもにお任せください。今、急いで店の者に確認を取っておりますので、このままお待ち頂いても宜しいでしょうか?」
『え、ええ。それは構わないけれど、もし手配するのが難しいようなら、遠慮なくそう言ってね?』
「お気遣い頂きありがとうございます。では、少々お待ちくださいませ!」
銀縁眼鏡のブリッジをくいっと押し上げると、ユノラは張り切った様子で応接室を出て行った。
「ユノラさん……まさか、無理に宿泊客を追い出すような真似はしないよね?」
「あの勢いをみていたら、ちょっとだけ心配になったきゅる」
『多分、大丈夫だとは思うけど……』
そこはかとなく不安になったしずくたちは、思わずお互いの顔を見合わせた。




