187話 盗難騒ぎ
「お客様、この度は大変申し訳ありませんでした……!」
しばらくして、しずくたちに謝罪しに来た宿の支配人は、先程警備兵と一緒にいた身なりの良い商人は、世界中に支店を持つ有名な商人であったことを説明した。
なんでも、この街にある彼の支店で、他国にある本店から持ち込んだギロウの実という非常に珍しい素材を売っていたところ、〈黒竜の牙〉に「それは盗品だ!」と難癖をつけられ、無理やり奪い取られてしまったのだという。
「実は昨日、偶然にも、とある冒険者チームから、ギロウの実の盗難届が出されていたようでして」
支配人から説明を聞いたしずくたちは、「あれ?」という顔をして、互いに目を見合わせた。
「あの、 もしかして、その盗難届を出したのって、昨日私たちがここに来た時、宿泊予約を破棄した冒険者さんたちなのでは?」
「ええ! その通りです。どうやら〈黒竜の牙〉は、冒険者ギルドで彼らの話を小耳に挟んだらしく、その後、偶然店で見かけたギロウの実を、盗難品だと思い込んでしまったようでして」
だが、店で売り物として並べられていたギロウの実は、商人が本国で仕入れた最高品質の物であって、冒険者が盗まれた品とは全くの別物であったのだ。
「この街の治安本部で確認したところ、あの商人が証拠品として提出した、ギロウの実を仕入れた際の売買書や鑑定書は、どれも本物でした。それなのに、彼がそれらの書類を見せて、盗品ではないと幾ら説明しても、〈黒竜の牙〉は全く聞く耳を持とうとせず、店先で彼を散々罵倒したあげく、品物を持って行ってしまったそうです」
「じゃあ、あの人たちは、本当に勘違いと思い込みだけで品物を強奪しちゃったの? 何て迷惑な……」
『確かに、思い込みが激しくて、人の話を聞かなさそうな連中だったものねえ……』
「きっと、自分たちがちょっと有名だからって、いい気になっていたきゅるね」
支配人も苦笑いしながら同意する。
「実はわれわれも、彼らには宿泊代をツケにしろと言われたり、事あるごとに女性客や女性従業員を口説かれたりして、かなり迷惑していたのですよ」
『まあ! それは災難だったわねえ』
コサギが美しい目を細めて同情したが、支配人は穏やかな笑み浮かべて、ゆっくりと首を横に振った。
「いえ、こういったことは、わりとよくあることですので。それに、今回のように、名のある大商人を相手に強盗騒ぎを起こしてしまった以上、当分の間、彼らがこの地域で活動することは出来なくなるでしょう。これもみんな、お客様が奴らを魔法で懲らしめて、警備兵の注意を引いてくださったおかげです」
実は、強盗をやらかした〈黒竜の牙〉は、今夜中にこの宿を立って、ギロウの実の依頼主である貴族の元に向かおうとしていたらしい。
「え? 盗難品だと言い張って商人さんから無理やり奪っておいて、盗まれた冒険者さんたちには返さずに、こっそり持ち去ろうとしていたんですか?!」
『きっと、依頼を出した貴族に、直接ギロウの実を手渡すことで、報酬を得るのと同時に恩を売るつもりだったのね』
コサギは不愉快そうに眉を寄せると、一気にグラスの中身を飲み干した。
「もし、ギロウの実が貴族の手に渡ってしまったら、どんな理由であれ、二度と取り戻せなかったことでしょう。今回は本当に幸運だったと、あの商人は大変喜んでいたそうですよ」
しずくが驚いたことに、今回商人が巻き上げられた最高品質のギロウの実は、金貨三十枚分もの価値があるらしい。
『うふふ。そういうことなら、私も、あの自意識過剰なお馬鹿さんたちを、袖にした甲斐があったというものだわね』
「彼らを捕らえるきっかけを作って下さったのが、あなただったと聞かされた商人は、『彼女は、まさに幸運の女神だ』と言って称えておりましたよ」
そう言って楽しそうに笑う支配人に、コサギは、何故か感心したような顔で微笑んで見せた。
『まあ! そんなことを言っていたの。大商人だと言うだけあって、本当に人を見る目があるのねえ』




