183話 千歳を超えてもまだ現役
「エナリーパ! またのご利用をお待ちしております」
閉館ギリギリの時間になって、ようやくユイリーパ大図書館を後にした一行は、やや疲れた足取りで宿に向かっていた。
「特に大きな収穫はありませんでしたね……」
胸ポケットから顔をのぞかせたマスターが、残念そうにため息をつく。
「うん。でもとりあえず、過去の大戦で、グラキリス湖の西側で何が起きたのかだけはわかったし、大図書館に足を運んだのは、無駄ではなかったと思うよ」
「まさか、二つの大国が禁呪魔法を打ち合ったせいで、みんな消し飛んじゃったとは思わなかったきゅる」
『国も山も一瞬で消滅してしまったんだもの。当時の資料が何も残っていないのも納得よね』
今から約一千年前、エルフ族が治める二つの大国の間で起こった戦は、周辺国をも巻き込んで泥沼化した。
やがて、この戦いが原因で生じた大量の瘴気が魔物を生み、国土が荒らされていくようになると、事態を重く見た二つの国は、敵国ごと魔物を滅ぼしてこの戦いに終止符を打つべく、当時から禁呪とされていた大規模殲滅魔法に手を出した。
だが、大勢の魔導士の命と引き換えに、ほぼ同時に双方が発動した禁断の魔法は、互いの威力がぶつかり合ったことで効果範囲が一気に広がり、二つの大国はもちろん、グラキリス湖の西側にあった国々全てを、一瞬で消滅させてしまった。
その結果、殲滅魔法の残滓と、巻き込まれて亡くなった者たちの無念とが溶け合わさった瘴気が大量に発生し、魔物ですら忌避する〈死の大地〉が出来上がったのだという。
「実際に、この大陸に移転する前、ぼくもヴィリオーサたちと共に、〈死の大地〉を調査しに行きましたが、禁書の記述にあった通り、瘴気の中に膨大な魔力の残滓が含まれていたのを確認しています」
『〈死の大地〉の瘴気から生まれた魔物が、その場に留まっていると自壊してしまう現象は、瘴気の元になっている魔力が殲滅魔法のものだったからなのね』
『ぷう……』
『あつかいきれないものに、てをだす。ほんとうに、おろか』
「ぼくも、今回ばかりは、あなたの意見に同意しますよ」
これらの事実が記されていたのは、当時冒険者だったエルフが書いたとされる西大陸の冒険譚だった。この本が禁書とされているのは、禁呪とされていた殲滅魔法が実際にどんなものだったのかを説明するため、魔法を発動するための詳細な手順についても触れられていたからだそうだ。
『あの冒険譚を書いたエルフは、かなり魔法に明るい人物だったのね。マスターの話では、魔法を発動するための手順や考察に、大きな間違いはなかったそうよ』
「冒険者なら、いろいろな場所に行っていたはずだよね。もし作者さんが生きていれば、おねぼうさんが探している村についても、何か聞けたのかな?」
しずくのつぶやきに、コサギが首を傾げる。
『うーん。それは少し難しいかもしれないわね』
「やっぱりそうだよね。千年以上も人が生きている訳がないもんね……」
『え? まだ普通に生きていると思うわよ?』
「はい?」
きょとんとするしずくに、苦笑を浮かべたマスターが説明する。
「エルフ族はみな長生きですから、千年以上生きるのは、ごく普通の事なのですよ」
「そうなの?! ああ、でも前にマスターからそんな話を聞いたような──」
『ただ、顔がわからないし、名前も変えているかもしれないから、今から探し出すのは難しいと思うのよね』
「難しい、ってそういう意味だったんだ」
「もし、今でも冒険者として活動しているなら、今頃はどこかの迷宮に潜っているかもしれませんしね」
「そっか、一千歳を超えていても、まだ現役でいる可能性があるんだね……」
二人の説明を聞いても、頭の中で理解が追い付かないしずくは、ただ目をぱちぱちと瞬かせるばかりであった。




