177話 ユイリーパ大図書館
「ほう! この町──ユイリーパは、チャルトリク王国最大の貿易拠点として名を馳せているだけあって、神殿だけでなく図書館も立派ですね」
「昨日知り合った館長さんが、わざわざ大図書館だと言いなおしていた意味がわかった気がするね。だって、この建物、まるでお城みたいだもの」
胸ポケットの中で感心するマスターに、しずくも同意する。
宿の窓から見えていた時も、かなり大きな建物だと思っていたが、こうして実際に近くから見たユイリーパ大図書館は、見上げていると首が痛くなってくるほどに、巨大な建造物だった。
ルネサンス建築とゴシック建築を織り交ぜたような外観の建物は、昨日見た神殿と同じく、白い大理石のような石で作られている。
中央には壮大なドームがあって、建物が左右対称に横へと広がっている。外観だけを見れば、アメリカ議会図書館に似ているかもしれない。
広い階段を上がって中に入ると、そこは中央に太い柱がある広間になっており、柱をぐるりと囲むように設計された受付カウンターでは、大勢の係員たちが、せわしなく来館者に対応しているのが見えた。
「ニュイシーパ! ユイリーパ大図書館にようこそ。まず、名前と職業をご記入いただいた後で、こちらの魔道具に手をかざしてください」
受付にいた女性の指示に従い、しずくとコサギが渡された用紙に名前を書く。他は全員、使い魔ということにしているので、今回名前を書くのは彼女たちだけである。
この国に来る前に行った打ち合わせ通り、しずくは、苗字の水瀬を名前として書き入れた。
一方コサギは、神としての真名を書き込む訳にはいかないので、しずくたちが付けたあだ名である〈コサギ〉の名で通すことにしている。
「魔導士のコサギ様と、お弟子のミナセ様ですね。では、この円盤に手をかざしてください」
しずくが胸をドキドキさせながら、言われた通りに手をかざすと、銀色の円盤が緩やかに青い光を放ち始めた。
マスターの説明によると、この円盤に犯罪歴のある者が手をかざすと、赤い光が放たれる仕組みであるらしい。
この世界にある国々の多くは、「一度でも罪を犯した場合、体のどこかにそのことを示す魔法刻印を入れる」という決まりを採用しているのだという。銀色の円盤は、その魔法刻印に反応する仕組みになっているのだそうだ。
地球でいうところの、テロ対策のようなものなのだろう。
「当館には、非常に貴重な資料が収められていますので」
そう前置きされた後で、女性警備員によって、簡単な持ち物検査とボディチェックを終えたしずくたちが、入館料の小銀貨五枚(五千メルダ)を支払うと、受付の女性から、館内の案内図を手渡された。
「ご協力をありがとうございました。一般の方々が入ることが出来る閲覧室は、あの廊下の奥にございます。そちらの左手の廊下の先には、休憩室や食堂がございますので、もし宜しければご利用ください。その他の施設につきましては、今お渡しした資料をお読みくださいませ」
これでようやく、図書を閲覧するための手続きが完了したらしい。
お礼を言って受付から離れたしずくは、大きく息を吐いて強張っていた肩の力を抜いた。
「ああ、緊張した! ずいぶんと厳しくチェックされるんだね」
「ねりねは、ずっとドキドキしてたきゅる!」
『ふふっ。しずくたちは何にも悪いことをしていないんだから、そんなに緊張する必要なんてなかったのに』
コサギが愉快そうに笑っている。
「ユイリーパは交易で栄えている町なので、他国からさまざまな人種が集まって来る分、商人に紛れて入国しようとする犯罪者も多いのですよ。だから、入国審査の時や重要な施設に入る時に、こうして厳しく取り締まろうとするのは、無理のないことなのでしょう」
「そういうことだったんだね……」
マスターから説明されて神妙な顔をしたしずくに、コサギが補足する。
『でもね、これだけ厳しい検査をしているのに、中には上手くすり抜けてしまう犯罪者もいるの。だからこの街では、簡単に見つけられないような場所に、指名手配者や凶悪犯を感知する魔道具が設置されているのよ』
「え? そうなの?!」
「ええ。ぼくらが泊っている宿や、神殿にも設置されていましたよ」
「ひえ~……」
驚いて顔色を失ったしずくに、事もなげな様子でマスターが笑いかける。
「大丈夫ですよ。悪い事さえしなければ、投獄されることはありません」
「確かにそうなんだけど、そんな話をされたら変に意識して、挙動不審になっちゃいそう……」
緊張した顔でそうぼやくと、しずくは奥の閲覧室に向かって歩き出した。




