167話 共通のあいさつ
「美味しそうなお魚がいっぱい買えてよかった! これも、コサギが上手に交渉してくれたおかげだね。本当にありがとう!」
『あらあら、そんなに喜ばれると、お姉さんも嬉しくなって、ますますはりきっちゃうわあ』
珍しい食材を安く手に入れて満面の笑みを浮かべるしずくと、褒められてすっかり上機嫌になったコサギは、店を見て回る間にすっかり打ち解けて仲良くなっていた。
彼女たちが、楽しそうに腕を組みながら歩いていると、すれ違う者がみな振り返る。
女性の魔導士であることに加えて美しい顔立ちのコサギが、無邪気に笑みを振りまく姿と、フードの下から見え隠れするしずくの整った容姿に、周囲の者たちの視線が自然に吸い寄せられてしまうのだ。
中には、思いきって声をかけようとする男たちもいたが、いずれもマスターと〈白い死神〉が殺気を放って追い払っている。
もちろん、おしゃべりに夢中の彼女たちは、そのことには全く気付いていない。
「ところで、コサギが店の人に声をかける時に使っていた、ニュイシーパ、っていう言葉は、もしかして、この国のあいさつなの?」
『ええ、そうよ。ニュイシーパというのは、ようこそ、とか、こんにちは、っていう意味がある古い言葉で、この大陸にある国々で使われている共通のあいさつなの』
「へえ、そうなんだね」
『ちなみに、他に良く使われものだと、おかえりなさい、とか、また会いましょう、という意味を持つ、エナリーパ、という言葉があるわ』
「ニュイシーパとエナリーパ、か。私も、次に店で買い物する時に使ってみようかな」
『ぜひそうするといいわ。他国の客が、わざわざこの国の言葉で話しかけてくるなら、きっと店の人も気を良くするだろうしね』
その後も、いろいろな店を冷やかしながら、コサギから直々に交渉のコツを習ったしずくは、さっそく商人相手に実践しながら、さらに何種類かの魚や珍しい香辛料を格安で手に入れた。
ようやく買い物に満足したらしく、いそいそと財布をローブの内ポケットにしまい込んだしずくを見て、胸ポケットの中からマスターが声をかけた。
「そろそろお昼時のようですから、どこかで食事をしませんか?」
『あら。もうそんな時間? でも、そう言われてみれば、小腹が空いてきたかもしれないわ』
「実はねりねも、さっきからおなかが空いてたきゅる」
「出来れば、庶民的な価格のお店がいいなあ。実は、調子に乗って買い過ぎたせいで、手持ちのお金に余裕がないんだよね……」
「おやおや、そうでしたか」
恥ずかしそうに告げるしずくに、マスターが優しい目を向ける。
自分の正体が〈金運と財運の神〉だと知った後も、今みたいに彼女は決して金を無心しようとしないのだ。
これまでも、しずくが料理の試作のために買った食材は、全て彼女が〈喫茶シルエ〉で働いて溜めた給金を使って賄われている。
あとで店の必要経費として請求して欲しい、といくら頼んでも、失敗して食材を無駄にするかもしれないから! と言って断ってくる彼女のために、「今回の旅の食事代は全て自分が支払おう」とマスターは固く心に決めていた。




