161話 巨大な客の困りごと
『ふむ。これが、この店自慢のコーヒーか。以前に飲んだ物とはかなり味が違うようだが、なかなかに美味い』
「おねぼうさんは、前にもコーヒーを飲んだことがあるきゅるか?」
宙に揺蕩いながらコーヒーを味わうエイリナスに、ポピーが目を瞬かせる。
『〈おねぼうさん〉というのは、我のことか?』
「そうきゅる。水の神様は、お仕事しないで眠ってばかりだって、あるじ様が言ってたきゅる。だから、〈おねぼうさん〉きゅる」
『なるほど、理解した。まあ、我のことは、好きなように呼べばよい』
エイリナスは、急に興味を失った様子でポピーから視線を外すと、再び触手からコーヒーを吸い上げた。
近くからやりとりを見ていたしずくは、勝手にあだ名をつけられた〈水の神〉が機嫌を損ねなかったことにほっとした。
「エイリナス。何に対しても無関心なあなたが、一体どこでコーヒーを飲んだのですか?」
『おまえ、ひとにせっしたことが、あるのか? おれ、しんじられない』
マスターや〈白い死神〉は、先程の話が気になっているようだ。
エイリナスは、コーヒーを飲むのをやめると、気怠そうに体を揺らした。
『昔、気まぐれに助けた者たちから、振るまわれたのだ。確か、あの者たちは、タリという花から作ったコーヒーだと言っていた』
たんぽぽコーヒーのようなものかな? としずくが考えていると、目を見開いたマスターがエイリナスに詰め寄った。
「あなたが人を助けた? それは本当の事なのですか?!」
『まことのことだ。あの弱き者たちがつつがなく過ごしていけるよう、持ち物に我の力を封じてやったりもした』
その言葉を聞いたマスターは、口をぱかりと開けたままで呆けている。
『我は今、あの者たちと交わした約束を果たすために、最初に出会った村を探しているのだ』
「あなたが人と約束を!?」
驚くマスターをよそに、エイリナスは、息を詰めて事の成り行きを見守っていた神々に眼を向けた。
『探しているのは、我を厚く信奉しているあの者らの村だ。この大陸の瘴気を浄化して回っていたお前たちなら、そのような村を見かけたかもしれぬと思い、我はここに来た』
おそるおそるヴィリオーサが問いかける。
『では、あなたは、別にわたしたちを責めに来たわけではなかったのですね?』
『異な事を言う。我がお前たちを責める理由がどこにある。むしろ、目障りな瘴気がなくなったことに対して、礼を言いたいくらいだ』
『そうでしたか……』
『だが、瘴気が消えて、こんなにも見通しが良くなったというのに、どこを探しても、肝心の村が見つからぬのだ……』
エイリナスは落胆しているのか、何となく声に力がない。そんな彼を気の毒に思ったヴィリオーサが、おずおずと提案する。
『でしたら、このお店の皆さんに助力を仰いでみては?』
『それはどういう意味か?』
『このお店では、お客さんに何か困りごとがあると、力を貸してもらえるのです。わたしも、このお店の皆さんの助けがあったおかげで、こうして住処から出られるようになりました』
『ほう、それは良いことを聞いた』
途端にマスターがげんなりとした顔になり、それを見たしずくが思わず吹き出した。
ヴィリオーサに全く悪気はない。マスターがエイリナスを嫌っているとは知らずに、店とエイリナス双方に良かれと思い、提案しただけなのだ。
『その話が本当なら、我も助力を頼みたい』
困った客がいたら助ける――それが〈喫茶シルエ〉の方針である以上、嫌とは言えないマスターが、「はあ」と小さなため息をつく。
「いいですよ、あなたの依頼を引き受けましょう。ただし、結果報告を聞く前に眠りにつくことだけは、やめてくださいね」




