158話 神様たちにもカレーがささる
当初、「香辛料たっぷりのカレーライスは、匂いに敏感そうな獣人に不人気なのでは?」 と心配していたしずくだが、ターラージャ帝国の虎人族が平気だったように、シグベルムに住む犬人族たちにとっても、香辛料の匂いは全く気にならないらしく、みな一口食べるなり、たちまちカレーライスの虜になっていた。
〈大地の神〉ヴィリオーサを守護神として崇める神官のクアウラとワトルも、週に一度はカレーライスを注文していたし、ターラージャ帝国のターファズ神殿長に至っては、ほぼ毎日転移魔法でやって来ては、しずくの作る特製カレーライスに舌鼓を打っていた。
更に、ゼーヴァと巫女のシェイラ、ターラージャ帝国の皇帝アンワルまでもが、お忍びで食べに来ていることが知れ渡ると、カレーはますます評判になり、遂にはシグベルムを訪れていた観光客や、帝国の舌の肥えた貴族たちまでもが、カレーライスを求めて店に詰めかけるようになった。
その結果、あまりの忙しさに悲鳴を上げるようになったしずくたちは、〈風雷の神〉ゼーヴァや皇帝アンワルに、とある相談を持ちかけた。
「ごめん、帝国の人たちまで来ちゃうと、さすがに手が回らないかも! 作り方を教えるから、いっそ帝国にカレー専門店を出してくれないかな?!」
『良いのか?! むしろ、こちらから頼みたかったくらいだ!』
「感謝いたしますぞ、料理長殿! もし必要なことがあるなら、なんでも言ってください!」
前のめりになった彼らから快諾を得たしずくたちは、二週間という期限を設けて、〈喫茶シルエ〉ごとターラージャ帝国に転移すると、専門店を出店するべく、急遽選抜された料理人たちに、カレーライスのいろはを徹底的に叩き込んだ。
ほぼ毎日カレーばかり作る羽目になったしずくは、その後しばらくの間、毎晩カレーの夢を見るほどだったが、苦労した甲斐あって、無事にこの世界初のカレー専門店を誕生させることが出来た。
「店名は〈喫茶シルエ・カレー店〉とする!」
「なんで?!」
ゼーヴァの虎の一声で、しずくの疑問を無視して〈喫茶シルエ〉の名を冠することになった専門店は、開店初日から帝国民が長蛇の列を作り、その後も毎日行列が途切れない人気店になっているらしい。
その後、帝国の神殿や王宮で勤める料理人、それにシグベルムの料理人たちからも請われ、作り方を伝授したことで、〈喫茶シルエ〉での目が回るようなカレーライス人気はようやく下火になり、しずくたちはこうして新たな土地に移転することができたのだった。
ヴィリオーサたちに同行して西大陸に移転した後、今度はこうして神々の間でカレーが大人気になっているが、今はまだ、この料理を知るのは常連客のごく一部と、瘴気の浄化作業に参加している神々たちだけなので、なんとか無理をせずに注文をさばくことが出来ている。
とはいえ、口コミで他の神々にもカレーのことが広まると、また忙しすぎて手が回らなくなる恐れがある。
そのため、店内の神々には、カレーのことはできるだけ内緒にしてほしい、とお願いしているしずくたちであった。
「もし黙っていてくれるなら、一杯目のおかわりは無料にしますよ?」
マスターが発したこの一言が効いたのか、今のところ、しずくたちの頼みはすんなりと受け入れられている。
「カレーを注文すると、みんな必ずおかわりしてくるから、マスターの提案は有難いのかも!」
「まあ、もちろんそれもあるでしょうが、彼らが頼みを聞き入れてくれた最大の理由は、あのテーブルから睨みを利かせている面々が、怖ろしいからではないでしょうか」
「え?」
マスターに釣られるようにしずくが視線を向けると、〈白い死神〉と〈炎熱の神〉トルタタ、睡眠魔法の遣い手である黒い毛玉が、窓際のテーブルの上で一心不乱にカレーライスをむさぼっていた。
「おそらく、彼らから恨みを買うようなことは、絶対に避けたいのだと思いますよ」
「ああ……。そういえば小鳥さんたち、人気が出すぎてカレーの注文が増えると、自分たちが食べられる分が減る、って普段から愚痴ってたもんね……」
食事をしている他の神々が、さりげなく彼らを遠巻きにしている様子を見て、「ただこうして眺めているだけなら、凄くかわいいらしいんだけどな」と、思わず苦笑するしずくであった。




