154話 今のままでいいよ
第三章の最終話です。
「あの皇女がぼくの名前を呼んでいたと言うことは、しずくさんはおそらく、僕の権能を知ってしまったんですよね?」
「ああ、うん。マスターは知られたくなかったみたいだけど、あの時は不可抗力で──その、なんかごめんね?」
「いえ、それはいいんです。別にしずくさんのせいではありませんしね。ただ、ぼくの正体が〈金運と財運の神〉だと知って、しずくさんがどう思っているのかが気になってしまって」
「? それってどういう意味?」
「だってほら、〈金運と財運〉だなんて、なんだか俗っぽい権能ですし──だから、がっかりされてしまったのではないかと思って……」
「ええっ? そんなこと、全然思ってないよ?!」
意外な悩みを打ち明けられたしずくが困惑する。
「ですが、〈金運と財運〉より、〈風雷〉という言葉の響きのほうが格好良くありませんか? それに本当は、こんなポテっとした丸っこい蛇なんかより、ゼーヴァみたいにシュッとした美青年のほうがいいのでは?」
「やだ、マスターってば、そんなことを気にしてたの?!」
しずくは堪えきれずに吹き出した。マスターは少しだけ傷ついた顔をして、恨みがましそうに彼女を見た。
「ねえ、マスター」
しずくはようやく笑いを収めると、まるでいじけた子供を諭すような、穏やかな口調で話しかけた。
「人に変化した時の虎さんのように、もしマスターがカッコいい海外モデルみたいな姿だったら、顔を合わせるたびに気おくれしそうで嫌だよ。私は、かわいらしくて見ているだけで癒される、今のままのマスターがいいよ」
「……本当に?」
「うん。本当だよ」
しずくの言葉がよほど嬉しかったのか、マスターの尻尾の先がぴろぴろと高速で揺れている。
(確かに見た目は素敵だけど、食っちゃ寝好きで肝心な所が抜けている虎さんより、少しうっかりさんでも基本的に真面目で、いざという時は頼りになるマスターの方がずっといい──なんて正直に話したら、きっと嬉しくて舞い上がっちゃうんだろうなあ……)
あのかわいらしい羽で、文字通りどこまでも高く飛んでいってしまいそうだ。
(……もしそうなったら連れ戻すのが大変そうだから、ここ数日、マスターの事をよく夢で見ていたことも黙っておこう──)
──これは決して恥ずかしいとか、照れくさいからではない。舞い上がったマスターが、うっかりどこか遠くへ行ってしまわないように、秘密にしているだけなのだ。
「しずくさん? 急に黙り込んでどうしました?」
「ううん。なんでもない。涼しくなってきたから、そろそろ店に入ろっか!」
しずくはそう言って、ぱたぱたと飛んで顔をのぞき込んできたマスターを腕に抱えると、三匹のシュクレドラゴンと一緒に温かな店内に戻っていった。
ヴィリオーサと〈白い死神〉はまだぐっすり眠っているようだ。見ると、毛玉たちもソファの上でひとかたまりになって、うたた寝しはじめている。
彼らを起こさないように、しずくはそっとカウンターの上にマスターを下ろすと、いつものカップにコーヒーを淹れ始めた。
「ああ、やっぱりしずくさんの淹れてくれるコーヒーは、各段にいい香りがします……」
「留守中にあったことを全部報告するには、かなり時間がかかりそうだから、眠気覚ましにね」
「なるほど、そういうことでしたか」
いたずらっぽく笑うしずくを、マスターが嬉しそうに見つめている。
「あるじ様たち、楽しそうきゅる! ぽぴーたちも、しずくちゃんのお茶を飲みながら、マスターとたくさんお話するきゅる!」
「ねりねは、とらさんがやって来た時、ふわふわさん達が助けてくれたことを話したいきゅる!」
「ももは、頑張ってケーキを作ったのを、あるじ様にほめてほしいきゅる!」
「ふふ。そうですか。では、順番に聞かせてもらうことにしましょうか」
しばらくすると、しずくたちの話し声でヴィリオーサや〈白い死神〉や毛玉たちが目を覚まし、自分たちも話に混ざろうと寄って来た。
気付いたしずくが全員分のお茶とケーキを用意すると歓声が上がり、たちまち店内がにぎやかになった。
みんなの眠気は、いつの間にかどこかに出かけてしまったようだった。
そしてこの日、〈喫茶シルエ〉の明かりは、すっかり夜が更けてからも消える事がなく、店内からはいつまでも楽しそうな声が響いていた。
これで第三章は終了です。
一話だけ間章をはさんでから、第四章に続きます(*^-^*)




