153話 実はすごい神だった虎さん
『料理長、それに店の皆も。短い間だったが、本当に世話になったな!』
「しずく様、ポピーさん、ネリネさん、それにモモさん──本当にありがとうございました。私とゼーヴァ様、そして帝国をお救いくださったこの御恩は、きっと一生忘れませんわ」
窓の外に夕闇が迫る頃──
〈風雷の神〉ゼーヴァと彼の巫女であるシェイラは、後片付けを終えたしずくたちの前に進み出ると、感謝の言葉を告げて暇乞いをした。
会議の場から店に駆けつけてくれたヴィリオーサと〈白い死神〉は、空腹が満たされたことで急に疲れが出たのか、今は気持ちよさそうに居眠りをしている。
「虎さん、これお土産。神殿に戻ったらシェイラさんと一緒に食べて」
『おお、ありがたい! これは高価な宝石よりも、はるかに価値がある土産だな!』
店の外まで見送りに出たしずくが〈りりちゃん印のクリームチーズケーキ〉の箱を手渡すと、ゼーヴァは満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「虎さんたちはもう、困った皇后やわがまま皇女にいじめられないきゅるか?」
『ああ。俺たちが帝国に戻った後、あいつらは正しく裁かれた上で、二人ともゼルバ王国に送り返されることになるだろう』
母親である皇后と同様に、美しい男性を見ると手当たり次第に粉をかけようとするメーナは、皇女としての自覚を促そうと留学させられた隣国のグルファン王国でも素行が改まらず、帝国に追い返されるという醜態を演じている。
そのため「帝国の恥である母子ごとゼルバ王国に突き返しても、誰も反対しないはずだ」とゼーヴァはポピーに説明する。
そんな彼らの隣では、ネリネとモモが心配そうな顔でシェイラに問いかけている。
「それなら、ひまわりさんも、安心して暮らしていけるきゅる?」
「ええ。帝国に戻れば、私はまたゼーヴァ様にお仕えする巫女に戻り、神殿での穏やかな日々を取り戻せると思います」
「ほんとうきゅる?」
「ええ、本当ですよ」
答えを聞いてようやく安心したのか、シュクレドラゴンたちはきゅるきゅると喉を鳴らすと、嬉しそうな顔をした。
「大丈夫ですよ。万が一、あの皇帝がしくじっても、ぼくが放っておきませんから。しずくさんを下僕呼ばわりした上に、危害を加えようとしたあの愚かな皇女を、ぼくは決して許しません」
『はははは! それは心強いな。だが重すぎる好意はほどほどにな!』
巨大な白虎に変化したゼーヴァから、わざわざ耳元でからかうように言われたマスターが、あからさまにむっとする。
そんな白蛇を面白そうに見つめたゼーヴァは、シェイラと別れの言葉を交わしていたしずくの元に歩み寄った。
『料理長。俺もシェイラも、料理長が作る料理をとても気に入っている。もしこれから先、この喫茶店を辞めるようなことがあれば、その時はぜひとも帝国に来てくれ。俺たちはいつでも歓迎するぞ!』
そう言って、ゼーヴァは虎の姿からから美しい青年に変化すると、素早くしずくの手を取って口付けた。
「まあ!」
「なっ!?」
笑みを浮かべたシェイラが口に手を当て、マスターが目を三角にする。
『おっと! この店の主に怒られないうちに、退散せねば!』
怒ったマスターから文句を言われる前に、瞬時に虎の姿に戻ったゼーヴァは、風魔法を巧みに操ってシェイラを宙に浮き上がらせると、素早く自分の背中に座らせた。
そして、あっと言う間に魔法で起こした風に乗ると、真っすぐに帝国を目指して駆け去っていった。
瞬きする間に起こった出来事に、しずくたちはポカンと口を開けている。
「……ねえマスター、実は虎さんって、凄い神様だったりする?」
「食っちゃ寝している姿からは想像できないかもしれませんが、彼はあれでも太古の神の一柱で、〈風雷〉の権能を持つ神ですからね。先程のように風に乗って、時には雷のように早く移動することができるのですよ」
「そうだったんだ……!」
「それ以外にも、風を巡らせることで、世界各地からさまざまな会話を拾って情報を集めることもできます。われわれ神々の中でも、特に重要な役割を果たす神だと言っても過言ではないでしょう」
「虎さんは、そんなに凄い神様だったんだね」
素直に感心していると、マスターがどこか不安そうな様子で、ちらちらと自分を見つめていることに気が付いた。
「マスター、どうしたの?」
「い、いえ、何でもないです。別に大したことでは──」
「そんな感じには見えないよ。ほら、何か言いたいことがあるのなら、正直に話してよ」
マスターはしばらく悩む素振りをしていたが、やがて諦めたように渋々と口を開けた。
次回、第三章ラストです!




