145話 マスターの激怒
「確か、メーナ皇女といったかな。では、君がこの店に来たのは、ぼくに会うためだったのかい?」
「いいえ、それは違いますわ。わたくしは、あなたの下僕に拉致されたゼーヴァ様をお救いしようと、はるばるやって来たのです!」
「ほう? ぼくの下僕が、このゼーヴァを拉致、ねえ?」
『メーナ、もうそれ以上何も言うな!』
「ええ! あの女が、わたくしのゼーヴァ様を、この店で監禁していたのですわ!」
ゼーヴァの制止を無視して、興奮したメーナがしずくを指さすと、マスターから漂う冷気が一層強まり、店内の気温が一気に低下した。
「──お前は今、しずくさんの事を、ぼくの下僕だと言ったのか?」
口調が一変したかわいらしい声には、激しい怒りがこもっている。
これはまずい、としずくが急いでマスターを宥めようとしたが、メーナが自分都合の話を披露するほうが一瞬だけ早かった。
「その女は、ゼーヴァ様を返す条件として、このわたくしに料理勝負を持ちかけてきたのです。それなのに、卑怯にも、料理を試食して勝敗を決めるゼーヴァ様に魔法をかけて、自分の料理の方が美味しいと思い込ませたのですわ!」
涙目で訴える彼女を無感動に見つめたマスターが、冷気でガタガタと震えているゼーヴァに顔を向ける。
「──一応確認するけれど、彼女の話は本当の事なのかな?」
『そんな訳ないだろう! 一から十まで全部でたらめだ!』
ゼーヴァが憤慨して叫ぶ。
『俺は、この女の手料理を食ったせいで、体がボロボロになって神力が使えなくなり、命からがらこの店に逃げ込んだのであって、拉致されたなどという事実はない。それに料理勝負だって、料理長が作ったカレーライスの方が断然美味いのだから、勝つのは当然だろう!』
「なるほど、そういうことでしたか」
事情を察したマスターが、納得してうなずいていると、突然、メーナが嘆き声を上げた。
「ああ、何てこと! ゼーヴァ様は、まだあの女の魔法にかかったままなのです──タピネ様、どうかお願いです。あなた様のお力で、この邪悪な魔法を解いて頂けないでしょうか?」
目に涙を浮かべたメーナに懇願されたマスターは、スンっとした顔でしずくたちを見た。
しずくは、苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「私には魔力がないから魔法は使えない、って何度説明しても、全然聞く耳を持ってくれないの」
「そのお姫様は、自分の見たいものと聞きたいことしか理解しようとしないきゅる。ぽぴーたちに、うるさいって怒鳴りつけてくるきゅる」
「やたらと思い込みが激しくて、話を全く聞かないきゅる。ねりねたちのことも見下してくるきゅる」
「お姫さまは、ヒト族にやたらと思い入れがあって、しずくちゃんに暴言を吐いて来るきゅる。ももは許せないきゅる!」
「私の妹──メーナは、ヒト族に強い憧れを持っているのです。だから、自分の理想を体現しているしずく様に嫉妬して、一方的に敵視しているのです」
光る毛玉たちが張った結界によって、店内に漂う冷気から守られているしずくたちとシェイラの説明を聞いたマスターは、「理解しました」と言ってこくりとうなずくと、しおらしい女性を気取るメーナに鋭い視線を向けた。
「正しいのは、このわたくしのほうです! この店員たちは、このわたくしを陥れようと、嘘をついているのですわ! どうかわたくしを信じてくださいませ!」
涙目で訴えて来るその姿は、何一つ汚れを知らない清楚で美しい娘にしか見えない。だからこそ、今まで数多くの者たちが騙されてきた。
そして、メーナ自身もこの容姿を使って、他人を騙す事に慣れていた。
「──そうですか。わかりました」
だから、マスターが自分ににっこりと笑いかけたのを見た彼女は、いつも通り上手くいった、と心の中でほくそ笑んでいた。
だが、今回相対しているのは神であって人ではない。愚かなメーナはそのことを失念していた。
「ぼくは、お前のような嘘つきが大嫌いだ」
「……え?」
呆けたメーナに、激昂したマスターの神気が、容赦なく叩きつけられた。
マスターの名をバラす、しずくを下僕呼ばわり、しずくに危害を加える
→マスターの怒り発動 (°ㅂ°ꐦ)
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