144話 戻って来たマスター
「お帰りなさい、マスター! いつの間に戻って来たの?」
「たった今ですよ──ただいま、しずくさん」
そう返事をしたマスターは、ぱたぱたと羽ばたきながらしずくのそばまで飛んで来ると、彼女の膝に着地した。
『っ!? 何故ここに!?』
「ここはぼくの店なのですから、別に居てもおかしくはないでしょう?」
狼狽するゼーヴァから視線を外したマスターは、目を見開いたままで固まっている皇帝たちを、冷ややかに一瞥した。
「それより、これは一体どういうことです? しずくさんに掛けた守護魔法の揺らぎに気付いて、こうして慌てて戻ってみれば、何故か僕の店に、〈風雷の神〉とターラージャ帝国の皇帝たちが入り込んでいる──」
『お、落ち着け! 実は、これにはいろいろと事情があってだな──』
「それに、あなたは、先程聞き捨てならないことを言っていましたね。確かメーナという者が、しずくさんを襲ったとか何とか──」
羽の生えた小さな白蛇から、怒気を孕んだ冷気が漂ってくると、ゼーヴァの顔色がますます悪くなり、皇帝や宰相たちは、石のように固まったままで身を竦ませた。
「それで? メーナという、その痴れ者は今どこに?」
『ま、待て! 頼むから、落ち着いて俺の話を──』
氷よりもなお冷たい目で店内を見回すマスターを、焦ったゼーヴァが遮ろうとしたその時。
「メーナならここに! このわたくしがメーナです!」
緊迫した空気にはふさわしくない、喜色に満ちた声が店内に響き渡った。
「ま、待て、皇女!今すぐに黙るのじゃ!」
顔色を失くしたターファズ神殿長が制止しようと声を張り上げるが、メーナは全く意に介さない。
両手を後ろ手に拘束された美しい娘は、床に転がされたままで嬉しそうに頬を上気させ、二柱の神にとろけるようなまなざしを向けた。
「──君がメーナ?」
「ええ、そうですわ! わたくしは、ターラージャ帝国の第二皇女、メーナ・リル・ターラージャと申します。その羽の生えた白い蛇のお姿──あなたは、あの有名な〈金運と財運の神〉のタピネ様で間違いないですわよね! ああ、お会いできて嬉しゅうございます!」
神の名前を口にした瞬間に、マスターが冷え冷えとした目をさらに細めたことに、メーナは全く気付いていない。
「ああ、マスターの前で名前を言っちゃた……」
「あるじ様、何だかすっごく怒ってるきゅる」
額に手を当ててため息をついたしずくに、モモがプルプルと震えながらしがみ付く。
メーナを除くターラージャ帝国の者はみな息を吞み、ゼーヴァの秀でた額からは、うっすらと冷汗が滲み出ている。
しずくの膝から飛び立ってカウンターの上に移動したマスターは、神殿長がメーナに施した強力な戒めをいとも簡単に解除すると、拘束されていた手首を擦って媚びるような笑みを浮かべる少女を、冷ややかに見下ろした。




