143話 毛玉のファインプレー
(……あれ?)
そっと目を開けると、彼女はカウンターに背を預けて座り込んだ体勢のまま、半透明の球体に包み込まれていた。周りには十二体の光る毛玉たちと、一体の黒い毛玉が浮かんでいる。
「しずく様、ご無事ですかっ?!」
「しずくちゃん、大丈夫きゅるか?!」
「どこか痛いところはないきゅるか?!」
「どこもけがしていないきゅる?!」
球体に取りついたシェイラやシュクレドラゴンたちは、みなそろって泣きそうな顔をしていた。
メーナに掴まれた首と突き飛ばされた箇所に痛みを感じたが、しずくは彼らを安心させようとして無理に笑って見せた。
「大丈夫大丈夫! どうやらこの柔らかいのがぶつかった時の衝撃を吸収してくれたおかげで、無事でいられたみたい」
「ふわふわさんたちが咄嗟に張ってくれた結界きゅる。これがなければ、今頃しずくちゃんは大ケガしてたきゅる!」
そう語るネリネの視線の先には、毛玉たちが心配するような様子で浮かんでいる。
「そうだったの……。ふわふわさん、黒ふわさん、危ない所を助けてくれて、どうもありがとうね! お礼に今夜は美味しいものをいっぱい作るからね!」
しずくが元気そうな笑顔を見せると、ようやくほっとしたのか、毛玉たちが嬉しそうにチカチカと光って見せた。
その後、光る毛玉たちはしつこいほどに治癒魔法をかけて、痛む箇所をきっちりと治療してくれた。
しずくにひっついて、怪我が治ったことを確認した彼らがようやく結界を解くと、床に座ったままでいるしずくに、ポピーたちがぎゅっとしがみついてきた。
シェイラは、きゅるきゅると鳴いて喜ぶドラゴンたちを前にして、涙を浮かべている。
「無礼者! さっさと、この拘束を解きなさいよ! わたくしを誰だと思っているの!?」
「黙れ! この馬鹿者が! いくら皇女だからといって、今度という今度は許さんぞ!」
「な……っ! たかが神殿長の分際で、わたくしを馬鹿呼ばわりするなんて!」
しずくを突き飛ばしたメーナは、すぐに激怒したゼーヴァの手で床に引き倒され、今はこめかみに青筋を立てた神殿長ターファズの魔法で両腕を拘束されて床に転がされている。
皇帝アンワルは、愚かな娘を冷たい目で一瞥すると、呆けたままのウルガに「一足先に外にいる者たちと共に帰国し、沙汰があるまで謹慎せよ」と命じて店の外に向かわせ、宰相のヒーリムと共に、蒼白な顔で座り込んでいるダディドと何事かを話し込んでいた。
『無事か、料理長!』
「虎さん!」
心配そうなゼーヴァに声をかけられた時、しずくはひっつき虫と化したドラゴンたちを宥めすかし、ようやく体から引き剥がしたところだった。
『まさか、メーナの奴があんな暴挙に出るとは思わなかった。怖い思いをさせて済まなかったな』
「かなりびっくりしたけど、毛玉さんたちが助けてくれたから、大丈夫だよ」
安心させるように笑いながらそう言うと、ゼーヴァもつられたように端正な顔を綻ばせた。
『そうか、本当に良かった! 彼らは、弱っていた俺を助けるように口利きしてくれただけでなく、料理長の命をも救ってくれたのだな』
店内を漂う毛玉に向けられた薄水色の瞳には、感謝と敬意が込められている。
「ふわふわさんたちは、あるじ様から、しずくちゃんの護衛を任された神様たちきゅるよ」
「あんなに小さくてふわふわなのに、とっても頼もしい神様たちきゅる!」
「ももたちやしずくちゃんは、ふわふわさんと黒ふわさんに、何度も助けられてるきゅる!」
三匹のシュクレドラゴンが、光る毛玉たちがこの店に来た理由を語り、彼らの有能さを褒めちぎっていると、ゼーヴァが何故か神妙な顔をした。
『──そうか。あいつは、料理長やこの店を本当に大事にしているのだな。だとしたら、メーナに襲われた料理長が無事だったことは、帝国にとって僥倖だった。もしも、料理長が怪我を負っていたなら、きっと今頃は──』
「今頃は、何です?」
その時、不意に割り込んで来たかわいらしい声に、ゼーヴァがぎょっとして目を剥いた。
突然ゼーヴァの背後に現れたのは、会議に出ていたはずのマスターだった。




