141話 一口食べただけで意識を刈り取られる
父親からも料理を酷評され、一度も味見しなかったことを皆から非難されたメーナは、「わかったわよ! 食べればいいのでしょう?!」と、半ば逆ギレしながら奥のキッチンに駆け込むと、まだ手つかずで残っていた、熟成肉と言う名の危険物を切り分けていた。
美しい陶器の皿に薄切りの肉を載せ、適当に選んだ香辛料をこれでもかとかけまくる。すると、腐臭と香ばしさとが絡み合った強烈な臭いが、彼女の薄茶色の目に突き刺さった。
「メーナ、そんなものを無理に食おうとするな! お前は死にたいのか?!」
「自分が作った手料理で死ぬ人なんていませんわ! お父様は黙っていてください!」
先程から、悲壮な顔で自分を止めようとする父親や、戦慄しながら見上げて来る白いドラゴンたち、チカチカと点滅しながら寄って来る毛玉たちが、やたらと鬱陶しい。
メーナは苛立たしげに「ふん」と鼻を鳴らし、自ら料理を運んだテーブルの椅子に優雅に腰掛けると、なんの躊躇いもなくカルパッチョを口にした。
(!? この味は一体何ですの?!)
口に入れた途端に、咀嚼するのが怖くなる程の、酸味とえぐみと苦味、そして過剰にまぶした香辛料とがぐちゃぐちゃに交ざり合った悪夢のような味が彼女に襲い掛かった。
「メーナ様! お気を確かに!」
ほんの一瞬で、白目を剥いて気を失いかけたメーナに、護衛のウルガが慌てて駆け寄ると、かろうじて意識を取り戻した彼女は、皇女としてのプライドと根性を総動員して、口の中の危険な肉片を何とか飲み下した。
「凄いきゅる! ぽぴーは、わがまま姫を見直したきゅる!」
「ねりねは、姫の漢気を見届けたきゅる!」
「ももの胃腸薬を、特別におまけしてあげてもいいきゅる!」
やたらと感心して見上げて来るドラゴンたちが、本当に鬱陶しい。だいだい、姫であるわたくしに対して、「漢気がある」とはどういう意味だ。
すぐにでも文句を言ってやりたいメーナだが、何故か体中がひどく痺れて頭が働かない。
気が付くと、彼女はテーブルの上に突っ伏していた。
「だ、大丈夫? 水は飲めますか?」
心配そうに話しかけて来たのがしずくだと知ると、メーナは意地になって無理に体を起こそうとした。
「ああ、どうかそのままで──腐った生肉を食べて死にかけたのだから、あまり無理しないほうがいいですよ。今、ふわふわさんたちが治癒魔法をかけていますから、しばらくこのままじっとしていてください」
メーナの頭上では、ふわふわと浮かんでいる十二体の光る毛玉たちが魔法を施しており、キラキラと輝く光の粉が、彼女の体に降り注いでいる。
徐々に体の痺れや不調が和らぎ、反論するための元気を取り戻したメーナは、テーブルから顔を上げると、憎悪のこもった目でしずくを睨みつけた。
「さっきからお前は何を言っているの? わたくしの料理が腐っているだなんてあり得ないわ。酸味や苦味と変わった臭いがしたけれど、柔らかくて美味しかったもの!」
「酸っぱくて苦くて臭かったってことはつまり、肉が腐っていたということです。それに、熟成肉は本来火を通して食べるものであって、生の状態で食べるものではないんです」
「ああ、もう! うるさいわね! 世の中には、臭くても美味しい物はいくらでもあるでしょう!? わたくしの作った熟成肉は、そういうものと同じなのよ!」
「臭くても美味しいのは発酵食品です。発酵と熟成とでは、全く意味合いが違──」
「うるさいっ! そんなことは、もうどうだっていいのよ!」
叫んだのと同時に、まだ回復しきっていない体がへなへなと崩れ落ちる。再びテーブルの上に突っ伏す形になったメーナは、じわりと目に涙を浮かべた。




