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神様の遺言状 ~世界に一軒だけの喫茶店はお客様の悩み事も解決いたします~  作者: はんぺん
第三章 腹ペコの虎と起死回生のカレーライス

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134/168

134話 はじめてカレーと出会った守護神

 意味をポピーに聞いたところ、「無窮(むきゅう)深淵(しんえん)」とは、あちらの世界の「地獄」にあたる言葉のようだ。


 まあ、そうだろうなあ、としずくが何度もうなずいていると、何故か子供のように顔を輝かせたメーナが、半ば虚脱(きょだつ)状態のゼーヴァにしなだれかかった。


「まあ! ゼーヴァ様はそんなに素敵な声をしていらしたのですね! ふふっ、思わず声が出てしまうほどに、わたくしの料理が美味しかっただなんて、手間暇(てまひま)をかけて作った甲斐(かい)がありましたわ!」


 まだ少し痙攣(けいれん)が残る帝国の守護神は、端正な顔を引きつらせながら、自分に張り付くメーナを見下ろした。


『一体何をどう見たらそう思えるんだ? お前という女は、本当に自分が見たいものしか見ないのだな』

「? それはどういう意味ですの?」

『神殿に居た時分から、お前が俺に食わせる料理は、この世の物とは思えないようなひどい味がした。お前はこんな危険物が、本当に美味いと思っているのか?』


 ゼーヴァは心底うんざりした顔で一瞥(いちべつ)すると、メーナを乱暴に突き放した。


「ゼーヴァ様?!」


 声を上げるメーナを無視して、ふらつきながら隣のテーブルに移動したゼーヴァは、崩れ落ちるように椅子に座ると、しずくに向かって切実に懇願(こんがん)した。


無窮(むきゅう)深淵(しんえん)にいた記憶を消し去りたい。一刻も早く料理長が作ったものを食わせてくれ!』

「──すぐに温かいものと取り替えるから、少しだけ待っていてね!」


 すっかり冷めてしまったカレーを下げ、新しいカレーを用意しに行くしずくの後ろ姿を、呆然としたメーナが目で追っている。

 護衛のウルガが動揺して立ち尽くす横では、姉のシェイラが、困った顔でため息をついていた。




 カレーに火を入れようと鍋の(ふた)を開けた途端に、食欲を掻き立てる複雑で濃厚なスパイスの香りが店内に漂い出す。

 ゼーヴァは思いっきりその香ばしい匂いを吸い込むと、幸せそうな笑みを浮かべ、うっとりと目を閉じた。


「お待たせ致しました! 〈喫茶シルエ〉特製、バッフェン肉のスパイスカレーです。どうぞ召し上がれ!」

『おお、待ちかねたぞ!』


 ゼーヴァは、カッと薄水色(うすみずいろ)の目を見開くと、ほかほかと湯気が立つカレーの香りを確かめた。


『北方には、よく似た色のシチューがあるが、香りは全くの別物だな。香辛料を使った料理は帝国でもよく食べられているが、こんなにも複雑でありながら調和した香りは嗅いだことがない』


 興奮と期待で目を爛々(らんらん)と光らせた帝国の守護神は、お手伝いゴーレムのごーちゃんたちがピカピカに磨き上げたスプーンを手に取った。



『さて、一体どんな味なのか……』


 ごくりと(つば)を飲み込んだゼーヴァは、まだ震えが残る手で、カレールウを慎重にすくい上げ──

 

 そして、ゆっくりと口に入れた瞬間に、ピタリと動かなくなった。



「……虎さん? どうしたきゅるか?」

「目を見開いたままで、完全に動かなくなったきゅる」

「何だか、体が細かく震えているきゅるよ?」


 シュクレドラゴンたちが心配そうな顔で騒ぎ始めると、メーナが先程までとは別人のように勝ち誇った顔になって笑い出した。


「やっぱり、ゼーヴァ様があなたの料理を気に入っていただなんて、大嘘だったのね! ほら、良く見てごらんなさいよ。あまりの不味さに驚いて、ゼーヴァ様が固まっていらっしゃるわ!」

「……」


 何も言い返してこないしずくを、メーナが聞くに()えない言葉で口汚く(ののし)り始める。

 シェイラが(いさ)めても耳を貸そうとしない彼女を見て、メーナを崇拝しているウルガでさえも眉をひそめている。

 

 黙ったままでいるしずくに代わり、怒ったシュクレドラゴンたちが抗議しようと口を開いた時、罵詈雑言(ばりぞうごん)を垂れ流すメーナを一喝したのは、カレーを食べて固まっていたはずのゼーヴァだった。


(*゜Д゜*)

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